第34話 妻と元カノ
文字数 2,349文字
(傍白)
だって、第一執政よ?
稼いでくるお金もケタ違いだし。
この男を手放す手はないわ!
そうだろうそうだろう。
俺より立派な男はいないからな。
だが、浮気はいかん!
あなた、信じて。彼とは何もなかったわ。
ただ、おしゃべりをしてただけ。
気を紛らわすことが必要だったの!
遠いエジプトに行ってしまったあなたのことが、心配で心配で……。
ああ、これこれ、泣くでない。
俺だって、お前が恋しかったのだよ?
でもお前は、ちっとも手紙をくれなかったじゃないか。
そうか。
さては、ネルソン*に横取りされたんだな!
あいつ、人の家庭の問題を、新聞沙汰にしやがって……。
*28話「ナイルの戦い」参照
それに、私もあなたと一緒にエジプト行くって言ったのに、ダメって止めたの、あなたじゃない!*
あなたの妻として、私はどこまでも、あなたと一緒に行きたかったのに!
*25話「マルタ島占拠」参照
お前のようなか弱い女を、あのような過酷な環境に連れて行きたくなかったからだ。
(たじたじ)
どんなに過酷であってもいいの!
私はいつも、あなたと一緒にいたかったの!
(ダメ押し)
私を置いて、あなたは行ってしまって……。
ひとりぼっちで、私がどんなに寂しく、心細かったか……。
寂しい思いをさせてごめんよ、ジョゼフィーヌ。
俺だって寂しかった。
でも、男には、やらねばならぬことがあるのだ!
わかってる。フランスはあなたを必要としているのよ。
かわいそうに……。
あなたはちっとも悪くないわ。
あなただって、大変だったのよ!
ジョゼフィーヌ……。
やっぱり俺の妻は、お前しかいない!
(傍白)
ふん。調べはついているんだ。イポリット・シャルルとの浮気は、真実だ。
だが、まあいい。俺も、エジプトでは好き勝手やってきたからな。
部下をフランスへ遣わして、その妻*を寝取ったりもしたし。
これからも浮気はしなくちゃ。なんたって、第一執政様だからな!
いい女はたくさんいる。イタリアでは美女に迫られたのに、惜しいことをした。**
*ポーリーヌ・フーレス。フーレス中尉Lieutenant Fourèsn の妻
**9話「イタリア遠征」参照
さあ、もう泣くな。
俺のジョゼフィーヌに、涙は似合わない。
お前はいつも、私の傍らで笑っていておくれ。
あ、そうそう。あなたのエジプト遠征中に、デジレ*が結婚したわよ。
*兄の妻の妹、ナポレオンの元カノ。4話「トゥーロン包囲戦」参照
ええええええーーーーーっ!
よりによって、ベルナドットとは!
(ショック)
パリでは、ナポレオンの第一執政に対し、
モロー※が中心となって、反対派が集まっていた。
軍人では、モローの他に、
ベルナドット、マッセナ、オジュロ、ブリュヌ、マクドナル、ルクルブ
らがいた。
また、シェイエス(総裁政府末期の総裁。ブリュメールのクーデターの中心人物で、臨時統領となったが、ナポレオンに主導権を奪われる)、スタール夫人らの民間人も加わった。
※ブログ「モロー」
[スタール夫人]
*
あれは、あの男が、カンポ・フォルミオの和約*を引っ提げて、パリへ凱旋してきた時のことだわ。総裁政府による大掛かりな歓迎会が催された……。
*ルイ16世に罷免されたスイス人銀行家ネッケルの娘
**イタリア遠征の勝利により、ナポレオンが単独でオーストリアと結んだ和約。これにより、フランスは、イタリア、ベルギー・オランダ南部、ライン東岸などを獲得した。16話「タリアメントの戦い」参照
(回想)
あなたの目に映る、最初の女性はどなたですか?
[ボナパルト将軍(回想)]
この世界に、子どもをたくさんもたらしてくれる女性ですよ、マダム。
*"Memoirs of the Duke of Rovigo,(M.Savary)" vol.1
唖然としたわ。
あれが、あの男の本性なのよ。
ボナパルト将軍は、女性を子どもを産む機械としか、見ていない。
子ども……兵士を産む、機械としか!
[ボナパルト将軍(回想)]
(スタール夫人のデコルテの辺りをじっと見つめながら)
おや、あなたは母乳で子育てをなさったようですな……*
*『反ナポレオン考』両角良彦
その上、どうやらあの男は、カトリックと和解しようとしているらしい。
*革命の合理精神はどうなったのか。
いったい何のための、この10年間だったのか!
*この先の「終身第一執政へ」参照
あんな男に、このフランスを任せてはおけない。
私は戦う。私にだって戦える。
人脈と、ペンの力で!
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