第5話 カルムの監獄

文字数 1,493文字


ロベスピエールによる粛清は、熾烈を極めた。あまりのギロチン執行の数に、パリの街には、常に腐臭が漂っていたという。



パリ、カルムの監獄……


[アレクサンドル・ボアルネ]


運の悪さが重なって、ついにここまできてしまった。


ブログ「アレクサンドル・ボアルネの華麗な戦歴」

もともと私は、貴族なのだ。

それを……。

[国王直属の系図学者]


(回想)

アレクサンドル・ボアルネ子爵の家系は、貴族の称号を名乗るニセ者として糾弾されるべきである。

クソ、系図学者め、国王め……。



だから私は、貴族にもかかわらず、立憲国民議会の議員になったのだ。

そして、生来の弁舌のうまさで、とんとん拍子で出世した。

私はもともと、軍人だったからな。制服姿がステキな士官だったのだ。

もちろん、女性にも大モテ!


そんな私を、政府は、全ライン方面師団の最高司令官に任命した。

けど、オーストリアのライン方面司令官は凄かった!

つか、俺は実は、一度も、剣を取って戦ったことがないんだよ。

負け続けの俺に、革命政府は……。

[革命政府]


(回想)

わざと負けているのに違いない。

敵方と通じているのではないか? ボアルネは、スパイだ!

アレクサンドル・ボアルネは、昼は貴婦人を口説き、夜は舞踏会で遊び惚け……


まったくもって、革命の敵だ!

仕方ないじゃないか。

女にモテるのは、生まれつきなんだから……。

そして今は、この監獄で、ギロチンを待つ身というわけだ。

まあ、俺よりもっと些細なことで、ギロチンになった者は大勢いるしな。

おや、あれは……。

監獄なのに、知った顔がいるぞ。


ジョゼフィーヌ!

[ジョゼフィーヌ・ボアルネ]


あら、あなた。



ブログ「ジョゼフィーヌ」

あら、あなた、じゃない!

なぜ、ここにいるんだ!?

お言葉ね。

元夫婦のよしみで、愛人に頼んで、あなたをなんとか釈放してもらおうとしてたら、つかまっちゃったのよ。

あいかわらず、お人よしだなあ。俺はお前に、徹底して冷たく当たったのに。
わんわん!
あ、フォルチュネ!
[息子ウジェーヌ]


パパ!



ブログ「ウジェーヌ」

[娘オルタンス]


パパ!

ママ!



ブログ「オルタンス」

ウジェーヌ!

オルタンス!

大きくなって……。ママと離婚以来だなあ。


つか、何しに来たんだ! 子どもが、こんなところに来たら、ダメだろう?

パパとママの良民証を持ってきたんだよ! これがあれば、牢屋から出られると聞いたから!
牢屋の見張りに取られないよう、フォルチュネ()の首輪に隠してきたの!
わんわん!
お前たち……。

なんて、いい子なんだ……。

(ぼそり)

あなた、オルタンスは自分の子じゃないと、疑ってたわね。


両親に書類を手渡すと、子ども達は、何度も振り返りながら、出ていった。


ジョゼフィーヌ……。子どもたちを立派に育ててくれて、ありがとう。
あら、お礼なんて!(子どもたちは勝手に育ったのだし)


いつ、死刑が執行されるかわからないでしょ?

だから、あなたが浮気しまくったことも、なかなか生活費をくれなかったことも、一方的に、尼寺へ行け! と言われたことも、全て、水に流してあげるわ。

そうだな、ジョゼフィーヌ。

遺された日々を、愛で彩るのも、フランス人のやり方。


男は毛脛丸出しの短パン姿で、女は頭陀袋を被ったような貫頭衣姿で、監獄のあちこちで、人々は、人生最後の愛を語り合っていた。


愛しています、マダム。
愛しているわ、ムッシュー。
君に、私の最後の愛を捧げるよ、金髪が美しい、デルフィーヌ・ド・サブラン夫人。
あなたのたくましい腕の中で、死の恐怖を忘れさせて、ルイ・ラザール・オッシュ将軍*。



*ブログ「ルイ・ラザール・オッシュ」


元夫婦の二人は、完全に自立を果たしていたのだった。


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登場人物紹介

オーストリア皇帝フランツ


神聖ローマ帝国最後の皇帝でもある。

くそまじめで、四角四面な性格。

ロシア皇帝アレクサンドル1世


父パーヴェルの暗殺に関与または黙認し、即位した。

欧州の平和は自分が守る、と、固く心に誓う「騎士」。

フランス皇帝ナポレオン


あ、最後になっちゃった……。

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