幕間 束の間の平和 ③

文字数 2,384文字

オルタンス*]


にこにこ(幸せ)



*ジョゼフィーヌの連れ子、ナポレオンの義理の娘

デュロック(ボナパルトの副官の一人)]


にこにこ(幸せ)



*ボナパルトが秘密裏にエジプトを脱出する際も連れて帰った腹心の部下の一人

お呼びですか、お母さま

あのね、オルタンス。

私ってば、ナポレオンとの間に子どもを生めなかったじゃない?

(生々しい話にたじたじ)

そ、それはまだ、きっと……

いいえ、絶対無理(きっぱり)

そもそも結婚した時には既に32歳だったし、あれから何年経ったと思ってるの? 6年? わぁお!


それに、を始め、ボナパルト家の面々から嫌われてるし

ええと……それはまあ……。

私も、カロリーヌに嫌われているみたいで……。



*ナポレオンの一番下の妹。オルタンスより1歳年下で、ともにカンパン夫人の寄宿舎学校で教育を受けた

 この2年前(1800.1.18)、18歳でミュラと結婚している

ナポレオンもねえ……

ほら、エジプトから帰った時なんか、私を追い出そうとしたわよね?

それは、お義父さま*の留守中にお母さまが浮気をされたからでは?
何を言うの? 恋は貴婦人のたしなみ。貴女にも今にわかるわ。恋をしなくなったら、女はおしまいなの。


でも、あの時は大変すぎましたわ。

お義父様(ナポレオン)、お母さまのお荷物を外に捨てておしまいになるんですもの。

私と、エジプトからお帰りになったばかりのお兄様まで一緒になって、お義父様に謝って。

きっと、ボナパルト家の誰かが、はるばるエジプトに手紙を送って、彼に告げ口したに違いないのよ。(歯ぎしり)


だからね、オルタンス。ここは是非、ボアルネ家*とボナパルト家の結束を固める必要があるの。

あなた、ルイ・ボナパルト**と結婚なさい。



*ジョゼフィーヌの先夫の姓

**ナポレオンの弟

いやです(即答)
まあ、この子ったら!

あのね。ルイ・ボナパルトは立派な青年よ? 軍でも活躍してるみたいだし、なによりナポレオンの弟ですもの。今この国で、最も有望株な逃げ馬よ? あら勝馬だったかしら


やだ、お母さま。大丈夫?

ルイ・ボナパルトって、陰気じゃない。

それに病気もちという噂も……

デュロックはダメよ(ズバリ)
へ?
彼は貴女を愛してないわ
そんなことないもん!
まあ見てて御覧なさい(にやり)
おい、デュロック。オルタンスとの結婚を許すぞ
あ、ありがとうございます、閣下!
だがその場合は、トゥーロン*へ左遷する。


(傍白)

なんか、ジョゼフィーヌにこう言えっていわれたんだよな。ま、いい機会だ。デュロックの奴、俺を選ぶか、女(養女だけど!)を選ぶか。こいつがどこまで俺に忠実か、見極めなくちゃな



4話「トゥーロン包囲戦」参照

 軍港で、エジプト遠征出発の際、ナポレオンの船団が出航したのもここ(但し、帰国は極秘だったため、コルシカ経由フレジュス上陸)

(デュロックに)

どうする?

私はトゥーロンではなく、常に閣下のおそばに侍ることを選びます。

よく言った!

(満足)



「デュロック! あ、そうだ、私はあの男をも愛している。だがなぜだろう? あの男の性格が好きだからだ。あの男は冷たく、情味がなく、峻厳だ。それにデュロックは決して泣かない!……」

(『ナポレオン言行録』 オクターヴ・オブリ編 [大塚幸男] 岩波書店)

(茫然)
ほら、御覧なさい。

デュロックはロクデナシだったでしょ?

あなたにふさわしいのは、ルイ・ボナパルトなのよ!

(現れる。オルタンスに向かって)


さてと。ルイはもう、貴女にプロポーズしたのかな?*



*『カンパン夫人:フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ[ ダコスタ 吉村 花子 訳](表記に揺れあり)


1802年初頭、オルタンスはボナパルトの弟ルイ・ボアルネと結婚した。この結婚は幸せなものでなかったという。

オルタンスは、カンパン夫人(前出)の姪で、自身の友人であるエグレとネイ元帥の幸せな結婚を祝福し、自分の幸せを投影していたと思われる。


ナポレオンは、ドゼをマレンゴ侯、ケール公爵に任じ、オルタンスと結婚させるつもりだったといいます(→ Napoleon.org)。しかしドゼはマレンゴで死に、オルタンスはデュロックに恋をしました。


どこまでいってもドゼに勝ち目がない気がするのは、気のせいでしょうか。

この束の間の平和の時期に、ボナパルトは(カロリーヌ)義理の娘(オルタンス)を、部下や親族と結婚させています。彼にとっては、部下の掌握とウジェーヌを含む親族結束が、何より大切だったのでしょう。


これは皇帝に即位してからのことですが、ナポレオンは、バーデン大公家と縁を結ぼうと思い立ちました。ところが子女が払底し、なんとジョゼフィーヌの先夫の従兄の娘を、一旦養女とし、輿入れさせています(1806.4)。*

(バーデン大公はオルタンスより3歳年下です)


同様の縁組が予見できたのなら、オルタンスとカロリーヌは温存しておいたはずです。ゆえに、第一執政になったばかりの時点では、ナポレオンに王族に成り上がる野望はなかったと、私は評価しています。



*ご興味のある方は、ガスパー・ハウザーのエピソードまで足をお運びください

 ブログ「ガスパーハウザー 1」

それにしても、ですよ? 恋人がいたのに引き離して、娘をルイと結婚させるなんて、ジョゼフィーヌ、あんまりだと思いませんか?


これについて、素晴らしい考察があります。note の m.A さんの記事です。


ボナパルト家を取り巻く女性たち - オルタンス編≪3≫初恋と結婚


に詳しいですが、ぜひ、冒頭からお読みになることをお勧めします。


ボナパルト家を取り巻く女性たち - オルタンス編≪1≫我慢の子と破れた靴


 m.A さんの記事は、宝石やヨーロッパの王室などに彩られた美しい記事ばかりです。せりももの殺伐とした話にお疲れになった際、癒しとなること、請け合いです!

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登場人物紹介

オーストリア皇帝フランツ


神聖ローマ帝国最後の皇帝でもある。

くそまじめで、四角四面な性格。

ロシア皇帝アレクサンドル1世


父パーヴェルの暗殺に関与または黙認し、即位した。

欧州の平和は自分が守る、と、固く心に誓う「騎士」。

フランス皇帝ナポレオン


あ、最後になっちゃった……。

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