61 達者で

文字数 2,103文字

「そろそろかけてくる頃だと思っていたよ」
「そろそろかけてくる頃かなと思っているだろうからかけてやったんだ」
「相変わらずだね、ドノヴァン。少し声が老けたな」
「人のこと言えた口か、ヤッシャ」
「少し待て」
「ふん」
「………………いいぞ」
「あの子たちはアルバンベルクへ向かった。もう聞き及んでいるだろうが」
「無論だ」
「文句はないよな」
「想定していたとおりだ」
「まったく、むかつくやつだね。少しは丸くなったかと思ったが」
「お互い様だ」
「ヤッシャ」
「なんだ」
「いったい誰の指示であの躯体を造った」
「なぜそんなことをおまえに話す必要がある」
「いいからさっさとこたえろ」
「こたえるもなにも、わかりきったことを訊くな。国王陛下に決まっている」
「どっちの?」
「……妙なことを言うね」
「こたえろよ」
「質問の意味が成立していない。国王はこの世に一人きりだ」
「その、一人きりの国王さまは、今どうしてる?」
「まだ眠っておられる」
「まだ、か。その言い方だと、そのうち目を覚ますみたいに聞こえるぜ」
「その可能性は今なお潰えたわけではない」
「だが眠っている人間が、どうやって決定を下すんだよ」
「いちいち言わせるな、知らぬわけでもあるまいし。……陛下がご出陣前に残された勅定文書(ちょくじょうもんじょ)を元に、陛下のご意向に従う形で決定された」
「あれから何年になる?」
「だから、わざわざ言わせるなと言っている。先の戦争から、13年経った」
「容態は」
「容態もなにも、ただ眠っておられるだけだ」
「死んだように、だろ」
「口を慎め」
「王子は、ではもう13歳になられるのか。息災か?」
「ああ。王の器に相応しい、優れた御方(おかた)だ」
「正直に言え。もはやそっちがお前の王なんだろ」
「……滅多なことを言うものではないぞ」
「なぁ、ヤッシャ。やはりあの大戦末期において、国王昏睡の事実を隠蔽(いんぺい)すると選択した長老連とおまえらの判断は、まちがいだったんじゃないのか」
「結果論としてなら、後からどうとでも言える。いずれにせよあの局面においては、王による直々の勝利宣言が絶対に必要だった。たとえそれが、代役のものであったとしても」
「ああ、それに関してはおれも認めるところがあるよ。だが、今のこの局面を見てみろよ。ここへ来て遂に、ホルンフェルス王家の権威は失墜しようとしている。まさに、波に洗われる砂の城だ。あと一つ二つ大風(おおかぜ)が吹けば、内からも外からも崩れ落ちる」
「ははは……」
「なにが可笑しい」
「私がそんなことをさせると思っているのか」
「思わんさ」
「おや。それはお褒めに(あずか)っていると取っていいのかな」
「おう、いくらでも褒めてやるとも。まったくおまえは、なにもかも自分の思いどおりにしないと気がすまないんだから」
「わるいことかね。力と正義によって世を治めるのは、そういう天分を与えられた者の責務だよ」
「天分は与えられたかもしれんがな。おまえはしかし、血は持たない。因襲にとらわれたこの古臭い世界では、いまだ権威の星は選ばれた血筋の者の上にしか――」
「……どうしたね。続きはないのか?」
「13、と言ったな」
「なにが?」
「ミロ王子だよ。かの

を受け継ぎ生を受け、地上で最も豪奢(ごうしゃ)な温室で英才教育と帝王学を叩き込まれて育ったはずのあの坊やが、だ」
「だったら?」
「いい年頃だな」
「そうだね。おとなも太刀打ちできないほど賢いよ」
「おまえ……」
「きっと歴史に名を残す大王になるはずだ」
「おまえの隣で、だろう」
「おい。そこまで露骨に他意を含んだ物言いをするものではないぞ。これでも私は国家の最上段に位置する者なのだ」
「そこまで口を滑らせろとは言ってないぞ。いったい誰が最上だって?」
「私だって言葉の(つか)いかたをまちがうこともある」
「ヤッシャ! おまえはいったいなにをしようとしているんだ。あんな……あんな哀しい巨兵をこの世に産み出して、無関係な若者たちの人生を狂わせただけでなく、その上ろくに世間も知らない少年を……」
「少年を?」
「……手に、掛けるなよ」
「なに?」
「陛下を」
「いい加減にしろ、ドノヴァン」
「現在のこの状況下で、(うるわ)しの少年王が誕生したなら、世界は大いに湧くだろうがな。求心力と威厳を取り戻すための、この上ない契機になるだろうがな。しかし、しかし最後の一線だけは、絶対に越えるなよ。その先は、おそらくもう後戻り――」
「後戻りって、なんだね。私はどこにも戻るつもりはないよ。過去へ帰るための橋は、すべて燃やし尽くして歩んできた。無論、これからも」
「尊敬するぜ、ヤッシャ」
「私もおまえのことは買っているよ。たぶん、誰よりも。それは五十年来変わらない」
「そうかい。別に嬉しかない……あぁ、ちょっと昔の知りあいと話し込んでしまってね。すぐ戻るよ、プルーデンス。湯を沸かして待っていてくれ」
「家族を大切にな。ドノヴァン」
「ヤッシャ。おまえにまだまともな心が残っているのなら、どうかそれをあの若者たちのために使ってやってくれ。あの子たちに無茶をさせたら、許さんぞ」
「情に厚いね、おまえは」
「おまえもそういう男だったよ」
「達者で暮らせ、友よ」
「友、か…………はいはい、今終わった。すぐに行くよ、プルーデンス……」
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登場人物紹介

◆ミシス・エーレンガート


≫主人公。エーレンガート家に家族の一員として迎え入れられ幸福な日々を過ごしていたが、思わぬ形でコランダム独立の騒乱に巻き込まれ、ノエリィと共に丘の家から旅立つことになった。

◆ノエリィ・エーレンガート


≫ミシスの親友であり家族でもある心優しい少女。望まぬ形で軍に連行されるミシスを独りにさせまいと、ほとんど押しかけるようにして〈特務小隊〉の一員となる。

◆マノン・ディーダラス


≫本職は科学者であり発明家だが、カセドラ〈リディア〉を守護するため急造された部隊〈特務小隊〉の隊長を務めることになった。同隊が移動式拠点として利用する飛空船〈レジュイサンス〉も、彼女の発明の賜物。

◆グリュー・ケアリ


≫マノンの腹心の助手。彼女に付き従い、ホルンフェルス王国軍極秘部隊〈特務小隊〉に所属する。飛空船での暮らしにおいては、もっぱら料理係と操縦士の役割を務めている。

◆レスコーリア


≫マノンたちに同行するがまま、〈特務小隊〉に加わることになったアトマ族の少女。相変わらず自分流に気ままな日々を過ごしながらも、密かに隊の皆を見守っている。

◆クラリッサ・シュナーベル


≫世界最強の顕術士一族として知られるシュナーベル家の長女。優れた顕術士ばかりで構成される王国騎士団〈浄き掌〉の副団長を務める。グリューとは許婚どうしで、マノンやレスコーリアとも旧知の仲。

◆ゼーバルト・クラナッハ


≫新生コランダム軍を率いる将軍。統一王国からの離脱と祖国独立の宣言を発し、全世界に対し戦後最大級の衝撃を与えた。

◆ライカ・キャラウェイ


≫新生コランダム軍に所属する軍人。エーレンガートの丘での失態の後、妹のレンカと共に小部隊を率いてミシス一行を追撃する。

◆レンカ・キャラウェイ


≫エーレンガートの丘で勃発したカセドラどうしの戦闘によって重傷を負い、その後しばらくのあいだ治療に専念していた。

◆ヤッシャ・レーヴェンイェルム


≫国王トーメ・ホルンフェルスの名代として、マノン一行に〈特務小隊〉としての任務を与えた。以後さまざまな手段を用いて、先の見えない困難な日々を送る同小隊を遠く王都より支援する。

◆ハスキル・エーレンガート


≫愛する娘たちと離ればなれになり、我が子同然の学院校舎が損傷してもなお、決して希望を失うことなく毎日を前向きに生きている。

◆ピレシュ・ペパーズ


≫幼少時より人知れず抱えていたカセドラ恐怖症の劇的な発作により、長期に渡って入院生活を送っていた。恩師ハスキルに護られながら、徐々に回復へと向かう。

◆ドノヴァン・ベーム


≫十年ほど前に王都から忽然と姿を消した、伝説的な大科学者。レーヴェンイェルム将軍の幼馴染みにして、マノンの恩師。現在の彼の動向を知る者は極めて少ない。

◆プルーデンス


≫ベーム博士と共に暮らすアトマ族の少女。博士とおなじくアルバンベルク王国の出身。幼い頃から過酷な環境を生き抜いてきたためか、非常に気立てと面倒見が良い。

◆〈リディア〉


≫ホルンフェルス王国軍が極秘裏に開発していた最新型のカセドラ。本来ならカセドラが備えるはずのない、ある極めて特異な能力をその身に宿している。操縦者はミシス・エーレンガート。

◆〈フィデリオ〉


≫コランダム軍が新たに開発した特専型カセドラ。操縦者はライカ・キャラウェイ。

◆〈コリオラン〉


≫フィデリオと同一の鋳型を基に建造された姉妹機だったが、リディアとの交戦の末に大破した。かつての操縦者はレンカ・キャラウェイ。

◆〈□□□□□〉


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