1 わたしたちの故郷の花
文字数 9,358文字
ミシスはドアを開けて洗面台に鞄を置くと、振り返ってシャワー室の方をのぞき込みました。ぶんぶんと唸る換気扇が、室内にこもった湯気を外へ押し流しています。洗面の区画とシャワー室のあいだに敷かれた絨毯がほのかに濡れているのが、薄闇のなかでも確認できます。
少女は歯を磨いて冷たい水で顔を洗い、その深い青を
透き通るように淡い水色の、まとまりのない癖毛の髪が、重力に従ってふわふわと無造作にちらばっています。その毛先は少女の鎖骨を少し越すあたりにまで達しています。
ぼんやりとした手つきで、少女は自分の髪をつかんで束にします。
「前はこのくらいだった」
言いながら肩にかかるくらいの位置まで毛先を持ち上げます。前、というのは、記憶を失っていた彼女が二度目の人生を開始した時点――つまり今から数カ月前の春のはじめ頃――のことを示していました。
今はもう、季節は初夏へと移り変わっています。
この年の春から、文字どおり赤ん坊のようにまっさらな状態で人生を再開したミシスにとって、それはもちろん初めて体験する夏でした。
ふと、少女は自分の首筋に、うっすらと汗が浮かぶのを感じます。髪から手を離すと、思いだしたように鞄をのなかを漁ります。
「あった」
鞄の底の方に、まだ一度も使ったことのない髪留めを見つけました。
それは丘の家に迎え入れられた直後、生活用品を買い求めて町へ出かけた時に、雑貨店でノエリィが選んでくれたものでした。赤と緑の模造石の飾りがついたその髪留めを使って、ミシスは長く伸びた髪を後頭部のまんなかあたりで一つ結びにしました。
首筋の汗をタオルで拭き、頭を何度か左右に振って、束ねた髪がくるくると揺れるのを鏡のなかで観察します。首まわりが涼しくなっただけで、ずいぶん体感温度が下がったように感じられます。少女はちょっと嬉しくなって、鏡の向こうにいる自分に笑いかけます。
洗面用具をしまって布鞄の口を閉じ、一度お腹から強く息を吐くと、少女は再び外へ出ました。
そのまま廊下を渡って、飛空船の一階の中心部へと向かいます。そこもまだ夜の闇を色濃く残したままですが、ただ一カ所、広大な格納庫の中央のあたりにだけ、
ミシスは知っています。
その光源自体はごく普通の、白熱色を放つ照明器具だということを。
それが碧く輝くのは、光のなかに鎮座する巨大な兵士が身にまとう鎧の色を、反射しているからだということを。
「おはよう、〈リディア〉」
台座の上にひざまずいている兵士に向けて、少女は遠くから小さな声で呼びかけました。
しかし兵士は、挨拶を返してきたりはしません。それどころか、自分の意思では小指の一本さえ動かすことができません。
そもそも、兵士にはいかなる意思もありません。
それは、人類の手によって生み出された最新科学の結晶、巨大人型兵器〈カセドラ〉。
その
曇り一つない碧の鎧、そして
巨兵が片膝をついて載っている台座の周囲には、さまざまな機材や装置類、それに工具等がびっしりと搭載された作業台が並んでいます。
その台の一つに軽く腰を預けて、なにかの小型機器をいじっている一人の青年の姿があります。
上下揃って黒の襟なし半袖シャツと細身の長ズボンを身に着けた長身痩躯の彼は、目にかかる濃い緑色の前髪を払いのけながら、工具を使って慎重に機器を調整しています。
「おはよう、グリュー」ミシスはにこやかに呼びかけて、青年の前に立ちました。
グリューは顔を上げて少女にほほえみかけます。
「や、おはよう。よく眠れたか?」
「うん。グリューは? ちゃんと寝た?」
「ん、まぁ」気のない返事をして、青年は手の甲で顎の汗を拭いました。「今日も暑くなりそうだな……って、あれ、めずらしい。髪、結んだのか」
「どうかな?」少女はちょっと照れくさそうに、結んだ髪を手で軽く押さえます。
「似合ってるよ」
「ありがとう」
その時、青年の髪がしっとりと濡れて光を反射していることに、ミシスは気づきました。そして、格納庫に足を踏み入れた時からほんのりと鼻孔をくすぐっていた石鹸の香りが、青年の身から漂い出ているものであることにも確信を得ます。
「……ねぇ。ほんとはまた徹夜したんでしょ」青年の顔を下からのぞき込んで、少女は問いただします。
青年は肯定とも否定ともつかない唸りを喉の奥で発して、うつむいたまま機器の調整を継続します。
「もう。だめだよ、ちゃんと眠らなきゃ。研究もあんまり度を越すと体に毒だよ」
「平気だよ。昼寝するから」
「まったく。マノンさんといいグリューといい、どうして研究者の人ってみんな
「みんながみんなじゃないと思うよ。……よし、これでいい」機器の調整を終えて、青年はうなずきます。「ただ、おれと師匠が夜型ってだけさ。それに……」
「それに?」
「宵っぱりなのは、おれと師匠だけじゃない。な、レスコーリア」
首を曲げて天井を仰ぎながら、グリューが呼びかけます。ミシスも続いて頭上へ目をやります。
二人が見あげる先に、猫よりも
「あたしは別に夜型ってわけじゃないわ」額から伸びる肌とおなじ色の二本の触角をくねくねと揺らしながら、レスコーリアは言います。「夜も昼もないのよ。あたしはただ、自分が寝たい時に寝るだけ」
「おはよう、レスコーリア」目の前まで降りてきた彼女に向かって、ミシスがほほえみました。
「おはよ、ミシス。その髪、素敵ね」
「そうは言うけどさ、おまえってだいたい毎晩ずっと起きてるじゃないか」グリューが指摘します。
レスコーリアは一度ふんと鼻を鳴らすと、まるで玉座に腰をおろす女王のように悠然とした身のこなしで、グリューの頭頂に腰かけました。
「あたしたちアトマ族はね」腕を組みながら女王が語ります。「あなたたち人間とちがって、万物の
「歌う?」ミシスが首をかしげます。「それって、どういうこと?」
「正確には、普通の歌みたいに音として耳で聴くものっていうより、純粋な波動の振動として全身で感じ取るもの……って言うべきかな。空気と水の清浄な土地の、風のない穏やかな晴れた夜には、それはもうやかましいくらいに、大地のイーノがりんりんと歌うのよ」
「ふぅん……」グリューが神妙な面持ちで息をもらします。「そいつはぜひ一度、聴いてみたいもんだな」
「わたし、それちょっとわかるかも」ミシスがぽつりとつぶやきます。
「リディアのなかで、ね?」レスコーリアが訳知り顔で微笑します。
ミシスはうなずきます。「リディアに乗って心が繋がる時、いつもたくさんの鈴が一斉に鳴らされるような音が、体じゅうを通して伝わってくる気がするの」
「なるほどねぇ……」青年はさらに感じ入ります。
「あなたもカセドラに乗ったら聴けるんじゃなくって?」いじわるっぽい口ぶりで、レスコーリアがお尻の下に向かって言います。
「あぁ、うん。それは、そう……」
ばつがわるそうに肩をすくめる青年の目の前で、ミシスがぽんと手を叩き合わせます。「じゃあさ、そういうイーノの歌を人間のみんなが聴けるようになる発明品を作ったら?」
ぱちっとグリューが指を鳴らします。「それだ! そいつはいい考えだ」
「もお」レスコーリアが呆れます。「そんな魅力的な課題を与えたら、この研究馬鹿はますます寝る間も惜しんで没頭しちゃうわよ」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
「ふふふ」
ミシスが笑みをこぼすと、ほかの二人もそれにつられました。
「……さぁて」仕切り直しをするように、レスコーリアが羽根をぴんと広げます。「それじゃ始めよっか。今朝もやるんでしょ、起動訓練」
その一声を受けて、ミシスとグリューは顔を見あわせて共にうなずきます。
「ならさっさとやっちゃいなよ」言いながら少女は再び宙高く浮上しました。そして自分のお尻を撫でて、顔をしかめます。「やだ、ちょっと湿っちゃった。次からはちゃんと乾かしておいてよね」
「おれの頭はお前の椅子じゃないぜ。これまで百万回は言ってきたけどな」
毎度お馴染みの二人のやりとりをほほえましく眺めながら、ミシスは寡黙にひざまずく巨兵の膝元へ歩み寄りました。
躯体の胸の中心に位置する操縦席に架けられた金属製のはしごを、グリューとレスコーリアに見守られながら、ミシスは黙々とのぼっていきます。
扉に手をかけると、そっと左右に押し開けます。
すると操縦席の内部から、まるで湯気が立ち昇るように、青く
これはカセドラの本体を構成する素材の大部分を占め、操縦者の意識と巨兵の躯体を繋ぎあわせる役目を果たす神秘の鉱石、〈アリアナイト〉が放つ輝き。
この光を目にするたびに、そしてこの光の満ちる空間へ身を浸すたびに、ミシスは心から穏やかな気持ちになります。
人が一人入ったらいっぱいになるほど
尖らせた唇の先から息をゆっくり吐き出し、外からこちらを見あげている青年たちに目配せすると、ミシスは両手を伸ばして扉を閉じました。
そしてそれが、カセドラ起動の引き金になります。
ミシスは両目を閉じて深呼吸し、心を透明に保ちます。
操縦席の天井に設置されている銀色の円盤が、虹色の燐光を帯びながらかすかに振動を始めます。やがてレスコーリアが「歌」と表現するあの響き、千もの鈴が一斉に鳴らされるような深遠な音楽が、ミシスの全身に伝わってきます。
「ほんと、綺麗な歌」
青の光と美しい音色に包まれて、少女は口もとをほころばせます。
次第に、まるで幾億の糸を紡いで巨大な織物が編まれていくように、彼女という存在を形作るイーノと巨兵のそれとが、互いにするすると絡みあい、結ばれ、融けあっていきます。
いつしか鈴の音は、波が引くように遠ざかっていきます。
ミシスはゆっくりと目を開きます。
今、少女の瞳に映るのは、少し心配そうにこちらを見あげているグリューと、気楽な様子で巨兵の鼻先に浮かんでいるレスコーリアの姿です。
巨兵の
「どうだ?」
扉の両脇に据えられた通信盤から聴こえてくる青年の声に、少女はうなずいてこたえます。
「問題なく繋がったよ」
「よし。なにか変わったところはないか?」
「ううん」ミシスは首を振ります。それに合わせてリディアの首もかすかに揺れます。「いつもとおなじ。すごく静かで、なにもおかしな感じはしないよ」
青年はほっと吐息をつきます。
目を薄く閉じて波動を検分していたレスコーリアもまた、安堵の表情を浮かべます。
「そうね、まったく穏やかなものだわ。これ以上ないってくらい、安定した波動ね。不安定さとか、
「ちょっと動いてみるね」
そう言うとミシスは慎重にリディアの上体を起こし、両手と膝を床から引き剥がすように持ち上げ、まっすぐ背筋を伸ばして起立しました。そして手のひらを閉じたり開いたり、腕を前や後ろに回したりしてから、台座を降りてその周りをぐるりと一周歩き、また元の位置に戻りました。
「体の方も問題ないみたい」ミシスが言います。「相変わらず綿毛みたいに軽くて、楽に動くよ」
「わかった。ミシス、もう降りていいよ」優に10エルテムを越す高度にある巨兵の顔を見あげながら、グリューが告げます。
「了解」
しずしずと身をかがめて、リディアは再びひざまずきました。その一挙手一投足を観察していた青年たちも揃って肩の力を抜き、早くも気持ちを切り替えて今日一日の各自の予定について考えを巡らせはじめました。
その直後でした。
ふっと一息ついた瞬間に、ミシスはかすかな違和感に気づきました。
「ちょっと待って」
唐突に発せられた少女の声に、グリューとレスコーリアはぎくりと肩を震わせます。
「どうした。なにかあったか」しまいかけていた伝話器を慌てて引っぱり出して、青年が確認します。
「あ、いや」巨兵のなかで少女は眉根を寄せます。「たぶん、たいしたことじゃないとは思うんだけど……」
「だけど、なに?」レスコーリアが催促します。
「……あのね。なんか、ちくちくする」
「へ?」グリューが腑抜けた声をもらします。「ちくちく?」
「うん。ちくちくする」
「なんだ、それ……。いったいどうしたっていうんだ?」
「このへん」言いながらミシスはリディアの右手を持ち上げて、躯体の左の肩と首の付け根のあいだあたりを指し示します。
すぐさまレスコーリアが
そこへ額を押しつけるように顔を近づけて、しばらくのあいだなにかをじっと凝視した小さな少女は、やがていきなり愉快そうに笑いだしました。
「レスコーリア! なにがあったんだ」地上からグリューがもどかしそうに呼びかけます。
「さぁ、なんだと思う?」
「ねぇ、なにか見つけたの? 教えてよ」ミシスもまた、操縦席のなかでじれったそうに身をよじります。
「芽が出てるのよ」
レスコーリアが一言そう告げると、いっとき時間が静止したかのように、あたりに不思議な沈黙が広がりました。
「……芽、って」グリューが唖然とつぶやきます。「植物の芽ってことか?」
「そうよ。えっと、この芽の形は、たしか……」リディアの鎧の隙間の、青白い
「えーっ! 花の芽が、リディアから出てるの?」ミシスが前髪を振り上げます。
「うん、まちがいないわ。これは、カネリアの新芽よ」
その報告を受けて、ミシスは
「あはっ、あははは……。なんてこと。カセドラって、花が咲くのね!」
「まったく……」がっくりと肩を落として、グリューがかぶりを振ります。「そりゃ、花ぐらい咲くよ。言ってみりゃこいつの体は、超高品質の土のかたまりみたいなもんだからな」
「ねえねえ、カネリアの花って言ったよね」ミシスが問いただします。「たしかカネリアって、わたしたちの……」
「そう、コランダム地方でよく見かける花ね。星みたいな形の、かわいい
「やっぱり!」ミシスは足踏みして喜びます。
「きっと、初めてリディアが起動したあの時に、なにかの拍子で種がくっついたのね」レスコーリアが腕を組んで考察します。そして青年に声をかけます。「どうしよっか。引っこ抜く?」
「いや!」ミシスはぶんぶんと首を振ります。「だめだよ、そんなことしちゃ」
まだ肩を落としたままでいるグリューが、ふうと鼻息を吹きます。「たまにあることなんだよな。王都のカセドラ整備員たちは、冗談めかして『草むしり点検』なんて言ってたっけ」
「そうそう。気をつけてないと、知らないうちに雑草とか
「ねぇ、お願いグリュー。引き抜くなんて……」ミシスが懇願します。
「いいや、だめだ」青年はきっぱりと却下します。
「どうして? だってせっかく生まれた、わたしたちの
あからさまにしょんぼりとした声で、少女は船内保管物の管理責任者である青年に抗議します。
「だめなものはだめだ」しかし青年は聞き入れてはくれません。「その花の芽は引っこ抜く。根を張らないうちにな。そしてちゃんとした鉢に植え替えてあげよう。そんなところで育てちゃ可哀想だろ」
「グリュー!」操縦席からお尻を浮かせて、少女は満面の笑みを弾けさせました。「さすがぁ。そうこなくっちゃ」
「ふふふ……」
レスコーリアが微笑をこぼしたちょうどその時、格納庫の奥の方から、ノエリィが眠たげな目をこすりながらのんびりと歩いてきました。
ほんの少し前まで寝巻姿で眠りこけていた彼女は、今では濃い黄色の半袖シャツと、その上に焦茶色のつなぎ型作業服を身に着けています。小柄な体格に少々そぐわない真っ黒な
「なにかあったの? ミシスの大きな声が聴こえた気がしたけど……」きょろきょろしながらノエリィがたずねます。
リディアの胸から勢いよく飛び出して階段を駆け降りたミシスは、一目散に親友のそばへ駆け寄り、その手を取って巨兵の前まで引っぱっていきました。
「えっ、なになに? ミシス、どうかしたの?」
「いいから、こっちに来て」
花の芽が出たというあたりを指差して、さも嬉しそうにミシスが事情を説明すると、ノエリィも目を丸くして
「え~っ!? カセドラの体って、花が咲くのぉ?」
「このカネリアの花って、わたしたちの丘にたくさん咲いてたやつだよね?」ミシスがノエリィの手を握ったままたずねます。「このあたりの気候でも、育つかな」
「平気平気!」ノエリィは誇らしげにこたえます。「強い花だからね、どこででも育つよ。それにこのへんは、そんなにコランダムの気候と変わんないし。極端に寒かったり暑かったりしないかぎり、丈夫に育ってくれるはずだよ」
「よかったぁ」ミシスは胸を撫で下ろします。「大事に育てようね」
「朝からずいぶん賑やかだね、諸君」
突如、巨兵のまわりに集まっていた一同の頭上から、穏やかな声が降ってきました。
みんなが一斉に見あげる先、天井まで吹き抜けになっている格納庫のぐるりを囲む通路の
鋭く理知的な光を宿す黄金色の瞳、腰までまっすぐ伸びる燃えるような真紅の髪。すらりと伸びる裸足のままの両脚を優雅に交差させて
地階に立つグリューが糾弾するような視線を彼女に投げつけます。
「毎度のことながら、なんて格好で出てくるんですか、師匠。ここにゃ
「みんな、おはよ~」なにも意に介すことなく、ぽりぽりとお腹のあたりをかきながら女性が呼びかけます。
少女たちはそれぞれに元気よく挨拶を返します。ただグリューだけは、片手を額に当てて無音の嘆息を吐きました。
「マノンさんは、ちゃんと寝ましたか?」ミシスが大きな声でたずねます。
問われたマノンは、曖昧な唸り声を猫のようにごろごろと鳴らします。
「あの調子じゃ、また寝てないみたいだね」ノエリィがミシスの耳もとで苦笑します。
「まぁでも、あとで昼寝すればいいしさ」言い訳でもするように、マノンはもごもごとつぶやきます。そして腰の後ろに両手を当ててぐっと背伸びをします。「それより、助手くん。今朝のメニューはなんだい」
「……ベーコンと
一同は途端に表情を輝かせます。
「素晴らしい。じゃあ支度する前に、僕ちょっとシャワー浴びてきていいかな」マノンが小さくあくびをしながら言います。
「あ、どうぞどうぞ。食事の用意ならわたしたちでやっちゃいますから、ゆっくりしてきてください」ミシスが言いました。
「ごめんね、ありがとう。じゃあまた後で」
そう言ってマノンはひらりと片手を振り、
「ミシス、その髪型かわいいね」
「え? あ、ありがとうございます」
「わたしもさっきからずっとそう言おうと思ってたんだよっ」ミシスの隣に立つノエリィが大きくうなずきます。「すごく似合ってるよ、ミシス。涼しそうだし、かわいい」
「ありがと」ミシスは照れ隠しに髪の束を手で
「もう夏だもんね」親友の頭上にきらりと光る髪留めに目をやりながら、ノエリィがにっこりと笑います。
ちょうどその頃、地平線のあたりを遠慮がちにうろついていた太陽が、意を決したように威勢よく空の
岸壁の狭間に身を潜める飛空船の内部にも、ようやくまっとうな朝陽が射し込んできます。船体の両側面に並ぶ窓という窓が目を覚ましたかのように発光しはじめ、巨兵を囲んで立つミシスたちのいるあたりは、徐々に光の湖の様相を呈していきます。
羽をひるがえしたレスコーリアが、巨兵の台座に設置されている照明を一つずつ落としていきました。人工の灯りが消え、自然がもたらす生命感に満ち溢れた輝きに全身を包まれた碧いカセドラは、よりいっそうの威風を放ちはじめます。
ミシスは峻厳な雪山を見あげるように、あるいは果てのない海原を見渡すように、どこまでも遠い目をして、自らの分身〈リディア〉の瞳をまっすぐに見据えます。そして首を傾けて東側の窓をまぶしそうに眺め、胸の内に静かな希望を呼び覚ましながらつぶやきました。
「そう……夏が、来たんだね」
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