第十七章 第二節 よどんだ再開
文字数 2,178文字
タカユキはミユキを見て、やっぱり私の子ぉや、と確信をもつようになってきた。
正直に言って初めのうちは、はたして自分の子なのかと、妻を疑ってもいた。だがいよいよこうして見るとハッキリしている。この事実を突きつければ、両親も納得せざるをえなくなるのではないか? 断交したままではミユキにとってもいいことはない。そろそろ正常化を図るべき頃あいなのではないか。
手始めに写真を見せる。日曜日は両親の店がちょうど忙しいので都合がいい。その休み時間のときにだけ顔を出す。
「パチンコ行ってくるわ」と妻にウソをついて、アパートを出た。
国鉄の駅からダラダラと歩いて、街の様子を確かめる。実家には電話がせいぜいで、このところ全く足を向けていなかった。かつて遊び歩いた商店街は今も、にぎわっている。
商店街を抜けて戸建 の立ち並ぶ住宅地をすり抜けると、実家がある。外から店内をうかがって、いままでのいつもと同じように、店の正面から入った。
「ただいま。親父。商売は順調に進んどりますか」
「なんや。えらい久しぶりやな」
店の待合用の橙 色のソファー。そこにドッカリと座ってメシを待っていたタカシは、帰ってきた息子を見て中途半端なキゲンだった。いままで散々なことをしておきながら、やはり不遜 である。お客さんにはこびへつらい、息子には傲慢 だ。
「あっ! タカユキちゃん帰って来たか」奥からカズコの声がする。「いま手ぇ離されへんからからちょっと待っとって!」
「いや、ちょっとしたら帰る。ゴハンつくってるんやろ?」
すげない答えにカズコは、まあそう云わんと……と声をあげる。
タカユキは、傍らにあった緑色のスツールを寄せて、座った。改めて父子の会話が始まる。
「元気そうやないか」言葉と裏腹 に、うれしそうでもないタカシ。
「近況を知らせとこうと思てな」
「ようやく引越先、教えにきたか」
この親子は年賀状のやり取りすらしていない。
「いや、それはまだや」
なんともいいようがない一触即発 のような雰囲気である。理由はお互いわかるやろ? という暗黙の了解が流れている。
たあいもない世間話をして、
「ミユキもこんなに大きくなってな」
ケイコと一緒のミユキの写真を渡して、
「どうや、私に似てきたやろ」
見てのとおりの証拠だ。
タカシはムスッとしている。
「かわいい孫の写真や。渡しとこうと思てな」
わかるやろ?
「まあ、そのうち連れてくるわ」
「待たせたね!」
カズコが奥の台所から出てきたが、顔を合わせてすぐ、
「これでもう帰るから。メシ食ってすぐ仕事やろ?」
淡泊 である。立ち上がって、邪魔 したな……と、そそくさと去った。
せっかくや。今日は久しぶりに商店街でパチンコでも打っていくか。両親に会って、気がたっていた。気分転換がしたい。
若いころは日がな一日すごしたその店。訪れると、大きな軍艦マーチが店外にまでも流れていた。喫煙場とも化している店内。店内一面に煙が漂っている。日曜だから休みの男どもで混みあっている。昼過ぎからでは台も思うように選べなかった。一服、というか、何本もチェーンスモーキングをしながら、打つ。この店は等価でも無制限でもない。途中までは勝っていたが、それで気をよくして打ち続けていると最終的に、少し負けで切りあげた。欲を出すと、こうである。昔ほどは儲 からないし暇 でもない。時間がかかるくせに割 がよくない。家で読書でもしていたほうが損しない。
結局はウソでもなく本当にパチンコを打って、アパートに帰った。しょうがないので、お菓子とか、ほんのささやかな景品を手に。
――翌日の夜、タカユキは改めて実家に電話をかけた。ケイコはやはり、あまり歓迎していない。無理からぬことである。ちなみにこの時代、電電公社からレンタルを受けている黒電話。アナログ、パルス、ダイアルだ。留守番電話だとかナンバーディスプレイだとかいうものはまだ存在しない。
「あ、おふくろか。私や」
「あぁ、タカユキちゃん」
「昨日は長うおれんですまんかったな」
電話に出た母親とは少しだけ話をして、父親にかわらせた。大酒呑 みのこの男は、昼間から呑んでいたという。まぁ、いつものことだ。そして、どれだけ呑んでも酔いどれるようなことがない。
「まぁ、悪かったな」
酒で気がいくらかおおらかになっているタカシは、その勢いで曖昧 ながら呟 いた。本気で謝っているとも、なにを謝っているとも、わからないような。
「また日曜あたり、この子の顔、直接見せに来てくれるか」
タカユキは、両親をもうこれ以上に追い詰めることはやめて、手を打つことにした。追及すると怒り出すのが目に見えている。実際に見て観念したら、なんせ実の孫、愛着もわくやろ。ミユキからしても、この祖父母に会わせへんわけにはいかんからな。
幼い頃から父親の姿を見てきたタカユキは、あまり酒を呑まないことにしている。呑んでも楽しくないくせに、自分の気分は大雑把 になる。
電話を切ったときには既に、ケイコは困惑していた。
タカユキが報告する。
「ミユキを此花 の家に会わせに行くことにしたからな。お前は行かんでいい」
もう勝手に決定している。ちなみに、此花というのはタカシらが暮らしている区の名だ。
でも……。よどんでいるケイコに、
「心配すんな、私が責任もってちゃんと見てる。それとも私が信用できんと?」
正直に言って初めのうちは、はたして自分の子なのかと、妻を疑ってもいた。だがいよいよこうして見るとハッキリしている。この事実を突きつければ、両親も納得せざるをえなくなるのではないか? 断交したままではミユキにとってもいいことはない。そろそろ正常化を図るべき頃あいなのではないか。
手始めに写真を見せる。日曜日は両親の店がちょうど忙しいので都合がいい。その休み時間のときにだけ顔を出す。
「パチンコ行ってくるわ」と妻にウソをついて、アパートを出た。
国鉄の駅からダラダラと歩いて、街の様子を確かめる。実家には電話がせいぜいで、このところ全く足を向けていなかった。かつて遊び歩いた商店街は今も、にぎわっている。
商店街を抜けて
「ただいま。親父。商売は順調に進んどりますか」
「なんや。えらい久しぶりやな」
店の待合用の
「あっ! タカユキちゃん帰って来たか」奥からカズコの声がする。「いま手ぇ離されへんからからちょっと待っとって!」
「いや、ちょっとしたら帰る。ゴハンつくってるんやろ?」
すげない答えにカズコは、まあそう云わんと……と声をあげる。
タカユキは、傍らにあった緑色のスツールを寄せて、座った。改めて父子の会話が始まる。
「元気そうやないか」言葉と
「近況を知らせとこうと思てな」
「ようやく引越先、教えにきたか」
この親子は年賀状のやり取りすらしていない。
「いや、それはまだや」
なんともいいようがない
たあいもない世間話をして、
「ミユキもこんなに大きくなってな」
ケイコと一緒のミユキの写真を渡して、
「どうや、私に似てきたやろ」
見てのとおりの証拠だ。
タカシはムスッとしている。
「かわいい孫の写真や。渡しとこうと思てな」
わかるやろ?
「まあ、そのうち連れてくるわ」
「待たせたね!」
カズコが奥の台所から出てきたが、顔を合わせてすぐ、
「これでもう帰るから。メシ食ってすぐ仕事やろ?」
せっかくや。今日は久しぶりに商店街でパチンコでも打っていくか。両親に会って、気がたっていた。気分転換がしたい。
若いころは日がな一日すごしたその店。訪れると、大きな軍艦マーチが店外にまでも流れていた。喫煙場とも化している店内。店内一面に煙が漂っている。日曜だから休みの男どもで混みあっている。昼過ぎからでは台も思うように選べなかった。一服、というか、何本もチェーンスモーキングをしながら、打つ。この店は等価でも無制限でもない。途中までは勝っていたが、それで気をよくして打ち続けていると最終的に、少し負けで切りあげた。欲を出すと、こうである。昔ほどは
結局はウソでもなく本当にパチンコを打って、アパートに帰った。しょうがないので、お菓子とか、ほんのささやかな景品を手に。
――翌日の夜、タカユキは改めて実家に電話をかけた。ケイコはやはり、あまり歓迎していない。無理からぬことである。ちなみにこの時代、電電公社からレンタルを受けている黒電話。アナログ、パルス、ダイアルだ。留守番電話だとかナンバーディスプレイだとかいうものはまだ存在しない。
「あ、おふくろか。私や」
「あぁ、タカユキちゃん」
「昨日は長うおれんですまんかったな」
電話に出た母親とは少しだけ話をして、父親にかわらせた。
「まぁ、悪かったな」
酒で気がいくらかおおらかになっているタカシは、その勢いで
「また日曜あたり、この子の顔、直接見せに来てくれるか」
タカユキは、両親をもうこれ以上に追い詰めることはやめて、手を打つことにした。追及すると怒り出すのが目に見えている。実際に見て観念したら、なんせ実の孫、愛着もわくやろ。ミユキからしても、この祖父母に会わせへんわけにはいかんからな。
幼い頃から父親の姿を見てきたタカユキは、あまり酒を呑まないことにしている。呑んでも楽しくないくせに、自分の気分は
電話を切ったときには既に、ケイコは困惑していた。
タカユキが報告する。
「ミユキを
もう勝手に決定している。ちなみに、此花というのはタカシらが暮らしている区の名だ。
でも……。よどんでいるケイコに、
「心配すんな、私が責任もってちゃんと見てる。それとも私が信用できんと?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)