第十三章 第四節 中谷ケイコ
文字数 2,501文字
婚姻届は先に出してあった。お互いの両親の賛同もあれば、結婚
それで二人の新居も事前に用意してあって、実はもう引越したことになっている。新郎タカユキの実家にほど近い木造アパートだ。もちろん、タカユキの名義で、貯金と給料で、借りたものだ。そういうことは計画的で、ストイックなまでにキッチリしている、それが彼のよいところ。
抜かりはない。
結婚というのは
フクザツな心境。
「いつでも来てええんやで」
前夜も両親に云われた。たしかに、結婚したところで、一生の別れになるわけやない。それどころか、新居だって近くにある。
けど。もう森本やあらへん。中谷家に嫁いで。中谷家の子を産むことを望まれている。
結婚式は「
しいていえば、新郎の
そういう森本家のほうも、祖父母のうち三人はすでに他界しているし、父ヨシアキは大阪出身ではない。戦争もあったわけだ、互いにさまざまな事情がある。
そんな披露宴もなにごともなく終わり。感動にひたるというよりも、目まぐるしく振り回されて精一杯なうちに終わっていた、というところで。むしろ新婦の父のほうが、男泣きとまではいかなかったものの、感慨にひたっていたくらいだ。
新婚旅行に出発。行先は青森県と北海道。現地までは飛行機。なにせこの頃はまだ、東北新幹線がない。盛岡まで開業したのでさえ昭和五七年なのだから。とはいえ、いまでも大阪から
まずは青森県。一泊二日で滞在したのは、弘前でも青森市でも、八戸でもない。
初めての夜
になった。はじめて。ケイコはようやく、結婚したのだという実感がわいてきた。このひとのオンナになったこと。
はじめて
のあと、ケイコは泣いた。背徳感、屈辱感、喪失感。とにかくいろいろ。なんとも表しようのない感情だった。青森みやげに買ったのは、ずぐり。木製のコマだ。それらは色とりどりに塗られていて、さまざまな種類のコマがある。本当のところをいうと、ずぐりは津軽の名産品。十和田は
飛行機で札幌の
札幌オリンピックがあったからなおさら、北海道の観光人気は高かった。ちょうど、札幌の
タカユキは、映画の影響もあるのか、カメラも趣味だ。観光名所には記念撮影サービスをしている業者がいることもあるがそれ以上に、タカユキ自身が撮影したがる。業者に頼んだり、三脚とセルフタイマーにしたりして、二人一緒に写ったものもある。けれども、妻ケイコだけが写ることも多かった。十和田湖、丘珠空港ターミナル展望デッキ、札幌市時計台、函館山展望台からの夜景、霧でよく判らない摩周湖、アイヌコタンの木彫りの門――。
新婚旅行だからそれも当然だろうが、毎晩、二人一緒に寝る。結局は、観光が目的だというよりも、二人で過ごすことのほうが目的。新婚旅行というのは、そんなものなのかもしれない。移動時間。二人っきりでのドライブもたぶん、そういうことだったのだろう。
大阪国際空港には、千歳空港から帰った。まだ
新
千歳ではない。もうヘトヘト。やっと帰れる、ケイコは思った。もちろん、千歳空港の展望デッキでの写真も残っている。ワンクリックで応援できます。
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