第58話 気合い

文字数 719文字


『代走、高橋太一くん。代打、日野海渡くん』

 カイトの名前がでた瞬間、一塁側応援席が沸き立った。シアトルからやってきた『凄腕助っ人外人』の噂はだれもが知っている。



「待ち人、現れましたね」

 晋之介がぐぐっと前のめりになっていった。

「やっとかよ。気をもたせやがって」

 嬉しいはずなのに兵悟は口をへの字に結んでいる。千両役者のような登場の仕方が気にくわないようだ。

「へえ、あのコがカイトくんか。なかなかカワイイ顔してるじゃない?」

 川澄がヘンなほめ方をする。

「手ェ出しちゃダメッスよ。他校の生徒なんだから」

「おまえはあたしをなんだと思ってんだよっ!!」

 余計な一言に川澄のヘッドロックが再び兵悟に炸裂する。

「イタタタ……だからパワハラ反対!」



「あいつか……」

 達森はふいに訪れた悪寒の原因がわかった。
 いつぞや保土ケ谷球場近くのバッティングセンターで出会った男だ。
 140キロのスピードボールを苦もなく正確に打ち返していた謎の少年。
「桜台」と名乗っていたのでいつかは現れると思っていたが、こんな土壇場ででてくるとは……。

 その謎の少年――カイトが右打席に入った。
 構えたトップの位置が深い。
 いかにも打ちそうな立ち姿だ。
 宮田がサインを出す。
 外角低めにはずれるカーブでまずは様子をみる。

 達森がセットポジションに入った。
 まずは一球ファーストに牽制球を投げる。
 代走の高橋はたいしてリードをとってないので悠然と帰塁する。

 どうも投げにくい。
 顔から汗が噴き出てくる。
 体が投げるのを拒んでいる。
 だが、投げなければならない。

「シャーーッ!!」

 気合いを入れた。
 自らを奮い起こす。
 達森は宮田のサインどおり第一球を投げた。



   第59話につづく

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