第47話 切る!

文字数 777文字


 代打にでてきたのは背の低い小柄な男であった。160前後といったところか。
 滝沢は思わず左腕をグラブで撫でた。
 万全を期すためとはいえ、達森に三球つづけてハンマーボールを投げたのはやり過ぎだった。
 幾分、(おさ)まったとはいえ、まだ腕の痺れが完全に抜けてはいない。
 5番の宮田は打ち損じてくれたものの6番佐藤に当てられた。ラッキーヒットではあったが、スライダーが落ちてくれれば三振にとれた球だ。

 にわかに三塁側ベンチが活気づいている。ここが勝敗をわけるポイントだと思っているに違いない。

「打てーーッ、打てタダモッ、打ってくれーーーッッ!!」

 声援というよりは悲痛な叫び声をあげているものがいる。突然あらわれた、たった一人の応援団だ。かつぎ桶太鼓を乱打し多田の名前を泣き叫んでいる。

 藤丸がサインをだした。
 外角低め(アウトロー)にはずれるクサイ球。まずは様子見といったところか。

 セットポジションから第一球を投じる。
 クサイどころかおおきく外してしまった。まだ指先に痺れの感覚が残り、微妙なコントロールがもどりきってない。
 だが――

 多田が身を乗り出すようにしてバットを振った。
 当然届かずストライクのコール。
 ボール一個儲けた感じだ。
 想いだけが先走っているのだろうか。球の見極めができていない。

「滝沢、思い切って攻めていけ!」

 セカンドの小野兄が滝沢に声をかける。
 警戒しすぎてフォアボールをだしてもつまらない。この回をここで切れば十中八九勝利を手にしたも同然だ。
 先行ストライクはとれた。あとは強気に攻めてゆくだけだ。

 第二球を投じる。
 インコースへストレート。
 多田はまたも空振り。
 これでノーボール。ツーストライク。
 微妙なコントロールの感覚は指先にもどってきた。

(ここで切る!)

 遊び球はいらない。
 自信と決意を深めて滝沢は第三球を投じた。



   第48話につづく

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