第46話 たった一人の応援団

文字数 1,004文字


「落ちろーーーッッ!!」

 達森の悲痛な叫びが天に通じたのか、舞いあがった打球はちょうどサードとレフトの中間地点にぽとりと落ちた。文字通りのポテンヒットである。

 レフトの大城が打球を素手でつかんだときには、バッターランナーの佐藤は一塁を駆け抜けていた。
 黄金山の三塁側ベンチが沸いた。同点のランナーがでたのだ。

 強い視線を感じて達森が振り返ると、多田先輩がこちらを見据えていた。
「おれを出せ」と目で懸命に訴えている。
 達森はネクストバッターズサークルに控える7番田野倉をみた。
 田野倉がこくりとうなずく。
 達森は決断した。
 主審に告げた。

「代打、多田!」

 その瞬間だった。無人のはずの応援席で太鼓の音が響いた。
 驚いて見あげると、真夏だというのに長ランを着た男がかつぎ桶太鼓を肩から提げてバチで叩いている。

木崎(きざき)先輩!」

 黄金山ナインの全員がその名を呼んだ。

「フレーッ、フレーッ、タダモ!
 フレッフレッタダモ、フレッフレッコガコーッ!!」

 たった一人の必死の応援だ。タダモは多田保の愛称で、彼をその愛称で呼ぶのは同級生の木崎しかいない。

「木崎……」

 多田の脳裏に去来するものがある。去年、当時の二年生が起こした集団暴行事件。多田も木崎もその輪には加わらなかったが、積極的にとめもせず、結局は傍観した。
 勝てない苛立ちを、文句のいえない立場の一年生に向かって吐き出してしまった同級生たち。理解はできてもとうてい許されることではなかった。
 そしてくだされた一年間の対外試合禁止処分。公式も練習も他校と試合することはできない。
 三年生は自動的に退部となり、二年生のほとんどは自主的に部を去った。残ったのは多田だけだが、やめようとする木崎を引き留めたことがある。

――やめるのは簡単だ。だけどここは残って、野球部に貢献するのも責任の取り方なんじゃないか!

――やつらがおれたちを許せると思うか? きっと心にしこりが残る。そんな状態でチームワークが保てるか? 野球はチームワークのスポーツだ!

 そういった木崎の言葉がいまも胸に残っている。
 贖罪で野球をやるのは違う。
 チームを勝たせるために野球をやるのだ。

「打て! 打ってくれえ~~タダモ!!」

 最後は応援ではなく涙声になっている。

(そうだよな。ホントはおまえも野球がやりたかったんだ)

 想いは十分に伝わった。
 多田はその想いを背負って右打席に入った。



   第47話につづく

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