第36話 緩急自在
文字数 660文字
タマイチのバットが振り出された。
曲がって落ちてくるカーブにタイミングをあわせる。
だが――
ぽすん。
またも気の抜けた音がしてミットにボールがおさまる。今度は外角低めだ。
「ストラックツー!」
気が焦ってボールを振らされてしまった。
初球のスローカーブよりさらに遅い。こんなに遅いスローカーブは見たことがない。
達森が投球モーションに入る。思いっきり勢いをつけたワインドアップ投法だ。
(どうせ次もスローカーブだ)
「ストラックバッターアウト!」
為す術もなかった。インハイに飛んできたストレートをタマイチは見送るしかなかった。
三球三振。うなだれてベンチにもどる。
「ドンマイ」
キャプテンの大城が声をかけてきた。
「先頭バッターは相手のボールを味方に見せるのが仕事だ。無理に打たなくていい」
そうはいっても達森の手練手管にしてやられた感はある。やっぱり悔しい。
「最後のストレートはおそらく130前後だろ。おまえはどう感じた」
武藤が質問を向けてきた。
「150ぐらいに感じました。緩急のつけ方がうまいです」
「こりゃ、ちょっとふんどしを締め直さなきゃいかんかもな」
武藤の視線の先では、2番の小野健太郎がぼてぼてのショートゴロに打ちとられていた。カーブを待ちきれず上体が泳いでいる。
黄金山は一年間の出場停止処分を受けていたのでデータがほとんどない。
相手をあなどって偵察を怠っていたことが思わぬ形で響いている。
(これは1点を争うゲームになるかもしれん)
武藤の脳裏にちらりとカイトの影が浮かんで消えた。
第37話につづく