第32話 嫌な胸騒ぎ
文字数 600文字
怖れていたことが最悪なタイミングで起きてしまった。
7月初旬。
夏の甲子園出場を懸けた神奈川地区予選の第一回戦。当日の朝。
カイトはベッドから起きあがることができなかった。
左足が痺れて動けない。
心配して部屋に入ってきた加奈を押しのけるようにして、武藤がカイトの左足を触った。
「痛むか?」
「痛む……というより痺れる。painよりnumbに近い感じ」
「わかるか?」
と傍らの加奈に訊く。
「英語の微妙な表現はちょっと……」
加奈も首をかしげる。
武藤が言い聞かせるようにカイトの顔を覗き込んだ。
「今日の試合はでなくていい。相手は黄金山工業だ。おそらくウチが勝つだろう。部屋でゆっくり寝ていなさい」
果たしてそうだろうか……とカイトは思う。達森透の鬼気迫るバッティングを間近でみたカイトは武藤のように気楽に断言する気にはなれない。昨日弱かった相手が今日も弱い保証など、どこにもないのだ。
「確か樋口先生から藪下先生の名刺をもらっているな」
武藤が思い出したようにいった。
そうだ、なにかあったらここにいきなさいと紹介された鍼灸院だ。
「藪下先生はウチの部員もお世話になったことがある。帰ったらクルマで送っていってやる」
「それまでイイコにしてるのよ」
加奈が冗談めかしていうと武藤とともに部屋をでていった。
二人とも今日は楽勝で終わると思っている。
カイトは嫌な胸騒ぎを覚えるのだった。
第33話につづく