第45話 最後の夏

文字数 623文字


「ストラックバッターアウッ!」

 ハンマーボールと名付けたパワーストレートを、滝沢は三球つづけて達森に投じた。
 達森のバットが空しく空を切り三球三振。ノーアウトのランナーとして塁にでることはかなわなかった。

 ベンチに帰ってくると、多田先輩が懸命にバットを振っている。
 思えば――
 多田保はいつもバットを振っていた。
 雨の日も風の日も、ひたすら素振りを繰り返していた。
 バッティングセンスはお世辞にもいいとはいえない。
 ど真ん中の球を打ち損じることもしばしばだ。
 だが、野球にかける情熱は人一倍だ。
 唯一の三年生である多田にとってこの大会は最後の夏になる。
 監督を兼務することになった達森は多田をスターティングメンバーに入れたかった。しかし――

 学校側から条件を出されてしまった。
 大会初戦の桜台に負けたら即廃部。
 これでは多田を使うわけにはいかない。
 この試合、負けたら部員全員が『最後の夏』になってしまうのだ。
 でも、どこかで……。

 思惟を破るかのように鈍い金属音が響いた。
 はじかれたようにグラウンドを振り向く。
 打球がふらふらと三塁後方に舞いあがった。
 カウントはツーアウトになっている。
 この球を捕球されればもう9回裏に望みをつなげるしかない。

 バッターランナーの6番佐藤修一が懸命に走った。
 飛んだ打球はサードとレフトのちょうど中間空域に差しかかっている。

「落ちろーーッ!!」

 達森はあらんかぎりの大声で叫んでいた。



   第46話につづく

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