第11話 野球と将棋

文字数 746文字


 4月下旬。
 カイトが武藤監督宅に同居してからちょうど一ヶ月が過ぎた。
 この一ヶ月、武藤もその娘の加奈も、カイトに野球の話題を振ることはなかった。当初はなんらかの目論見があっての同居命令かと思ったが、杞憂だったようだ。

「うーむ」

 カイトは腕組みして三度目の長考に入った。

「あー、まただよ」

 盤の向かい側にいる(のぼる)が、わざとらしくため息をついて傍らのマンガに手を伸ばす。
 この家の長男・武藤登は桜台高校の一年生。身長は155センチと小柄で将棋部に所属している。
 高2の姉の加奈が小、中学とソフトボール部に入っていたのに比べ、弟は典型的なインドア派のようだ。
 本人いわく父親方面の運動神経は1ミリも受け継いでいないとのこと。
 幼い頃死別した母は自転車も乗れないひとだったそうで、遺伝子はそちらからきたのではないかと自己分析している。

「将棋というボードゲームがあるのは知ってたけど、こんなに面白いものだとは思わなかったよ」

 盤面をにらみながらカイトはいう。登が美濃囲いで王様を固める前に三間飛車で急戦を仕掛ける。

「棋士も一種のアスリートだとぼくは思ってる」

 縁なしのメガネを光らせながら登が棒銀で攻め返してきた。

「うーむ」

「また、手がとまった」

「まだ駒の動かし方がわからないんだよ。どう連携させたらいいか……」

「野球と同じじゃないかな」

 ハッとするようなことを登はいう。

「野球?」

「亡くなった野村監督は古田さんに将棋を覚えろっていったそうだよ」

「ふむ……野球……か。そういえば……」

 家のなかが閑散としている。武藤と加奈はどこにいったのか? 確か今日は日曜日ではなかったか?

「春の県大会にいったに決まってるじゃないか」

 なにをいってるんだといわんばかりに登があきれた声をだした。



   第12話につづく

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