第42話 巨乳監督登場!

文字数 692文字


「これがあるんだよなタス(にい)には」

 三塁側の内野席で兵悟が低い声でいった。兵悟は母方の親戚である神楽坂佑をタス兄と子供のころから呼んでいる。

「打たないと思ったら打つ。打つと思ったら打たない……やっかいなひとですねえ」

 晋之介も溜め息交じりに同意する。
 なにはともあれここにきての先取点はでかい。つづく9番の滝沢が早々に凡打して8回裏に移行する。1点あれば充分だといわんばかりに。

「これで決まったんじゃねえの」

 斜め上から声が降ってきた。
 振り向かなくてもわかる。監督の川澄陽子だ。高校野球では珍しい女性監督である。
 派手な色のサマーセーターからハチ切れそうな巨乳をゆさりと揺らして川澄が兵悟の隣に腰を下ろした。

「監督、お疲れッス!」

 兵悟が形ばかりのあいさつをし晋之介も頭を下げる。

「別に疲れちゃいねえよ」

 懐から鉛筆のような細長い棒をくわえてぷかりと煙を吐き出した。

「監督、球場は禁煙です」

 晋之介が一応注意喚起する。

「これは電子タバコ。煙は水蒸気だから」

「でも、まぎらわしいからやめた方が……」

「武藤監督、応援してまーす、頑張ってくださーい♡」

 一塁側ベンチの武藤が川澄に気づいたようだ。川澄が別人のような声を出して手を振った。
 武藤をたらしこんで新一年生との練習試合を組んだ才覚はただものではない(当日はエステの予約を入れて監督の役目を兵悟に押しつけたわけだが)。

 娘の武藤加奈の目が心なしか険しい気がする。こちらをにらみつけているようだ。晋之介は確信する。クセモノのキャプテンにクセモノの監督。この試合、どちらが勝とうが甲子園キップを手にするのは相模野だ。



   第43話につづく

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