第30話 黄金山工業高校
文字数 602文字
とっぷりと陽は暮れ、土だらけの野球部員がのそのそと立ちあがった。
19年間、
無勝
の野球部には照明を点けることは許されない。用具を片付け、帰り支度をはじめる部員のなか、一心不乱にバットを振るものがいる。
一年前の暴力事件でいまの三年生部員がごっそり抜けるなか、ただ一人、部に残った男――
「多田さん……」
監督兼選手の
「もう、帰らないと……」
「照明なんかなくても素振りはできる。先に帰ってくれ」
意固地になっているようにはみえない。多田先輩は以前からこうだった。
自分が納得するまでバットを振った。振りつづけた。
多分、野球が好きなんだろう。
だから一年前の暴力事件には加わらなかった。
同期の部員から仲間はずれにされても自分を通した。
達森は人間として多田保を尊敬していた。できればスターティングメンバーに加えてやりたい。フルで活躍させてあげたいと思っていた。
だが、それができない事情があった。それは……。
「まだ、練習をやってるのか!?」
厳しいというよりも、どこか蔑んだ声が響いた。
振り返ると、顧問の根岸先生がいた。
「とっとと帰れ。無駄な努力をつづけるな」
「無駄?」
その瞬間、多田の顔つきが変わった。
第31話につづく