第34話 ワインドアップ

文字数 725文字

「黄金山は三年の控えが一人。あとは二年ばっかりか」

 試合前のメンバー表の交換を終えて、一塁側の自軍ベンチにもどってきた武藤は黄金山の陣容の薄さにうなった。

「控えを入れてきっちり10人。ぎりぎりの状態でやってきたのね」

 横から覗き込んでマネージャーの加奈がいう。

「整列がはじまったぞ。ぴしっとしろ」

 グラウンドで両軍のメンバーが全員そろって対峙している。

「よろしくお願いしまーす!!」

 声高らかに脱帽して両軍メンバーは散った。



 一回表。
 桜台高校の攻撃から試合ははじまる。
 ゆっくりとした足取りで黄金山の達森がマウンドを登ってゆく。

『一番ファースト、玉井一くん』

 一番バッター玉井一の名前がアナウンスされた。
 二、三度軽く素振りをしてから右打席へ入る。

「タマイチ、初球からいったれー!」
「見なくていいぞ!」

 一塁側桜台応援席から声援が飛ぶ。
 左投手である達森には一塁側は正面に位置するため、相手ベンチ及び応援席の様子がよくわかる。
 にぎやかで活気づいている。応援団のエールは熱がこもり、チアガールも華やかだ。ブラスバンドも定番の演奏を高らかに奏でている。
 それに引き替え――

 後ろを振り向かなくてもわかっている。
 三塁側応援席にはだれもいない。
 暴力事件を起こして廃部寸前の野球部など応援する価値もないというわけだ。

 ――だれもおれたちの背中を押してくれない。

 だが、それでも黄金山は勝たなければならない。この一勝をもぎ取らなければ明日はないのだ。

「プレイボール!」

 主審が試合開始を宣言する。
 サイレンが球場全体に響き渡る。
 達森がおおきく振りかぶりワインドアップする。
 真夏の太陽を突き刺さんばかりにその右足が高々とあがった。



   第35話につづく

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