第31話 絶対に負けられない戦い
文字数 963文字
「無駄?」
多田保の顔色が変わった。尖った目で顧問の根岸をにらみつけている。
「なんだ、その目は?」
反抗的な態度を示されて根岸も高圧的になった。二人の間に目に見えない火花が散っている。
「先生、多田先輩もそうですが、おれたちも必死なんです」
達森が割って入る。ここで新たな事件を起こすわけにはいかない。
「ああっ?」
根岸が片眉を歪めて今度は達森をにらむ。
ぞろぞろと帰りかけた部員たちが達森と根岸の周りに集まってきた。
「なんだ、おまえたち、文句でもあるのか? こっちは明日にでも廃部にしたっていいんだぞ!」
達森がこみあげる怒りを抑えるように口を開いた。
「だからこうして多田先輩もおれたちも頑張っているんです。
今度の桜台との初戦、負けたら廃部の決定は覆らないんですよね」
「ああ、そうだ。19年間一度も勝てず、おまけに暴力事件を起こしたクズ野球部なんか潰してしまえ、という声が父兄の間からも圧倒的だった。
それでも、もう少しだけ様子をみようと校長先生がおっしゃるから、わたしも条件付きで賛成したんだ」
「根岸先生はおれたちに勝ってほしいのか、負けてほしいのか、どっちなんですか!?」
「そんなことを議論するより、負けは確実だろ。なにをいってるんだ」
当たり前のこというな、とばかり根岸はいった。
「相手はあの桜台だぞ。去年の秋の県大会ではベスト4までいった強豪だ。
今年の春では調子を落としたようだが、地力はもとからあるチームだ。
おまえらとはレベルが違う」
「…………」
そういわれては反論する言葉を達森はもたない。
達森はさとった。根岸は野球部を潰したいのだ。だから不利な条件を持ち出して校長と交渉したのだ。
次で負ければ『20年間無勝』となる。不名誉な区切りだが、潰すにはもってこいの口実だ。
「とにかく早く片付けて帰れ。わかったな」
吐き捨てるようにいって根岸は背を向けて去っていった。
重い空気がその場を支配する。
だが、そんな空気を振り払うかのように多田が再びバットを振りはじめる。
「……達森」
声をかけてきたのは捕手の
宮田がいった。
「絶対、勝とうな」
普段は温厚な宮田だが、その口調には怒りの感情がこめられている。
まさに『絶対に負けられない戦い』を黄金山ナインを強いられていたのだ。
第32話につづく