第41話 先制ホームラン

文字数 681文字


 8回表。
 桜台の攻撃。

 6番7番と凡打に打ち取って、達森はおおきく天に向かって息を吐いた。
 疲労の色が濃い。
 肩で息をするようになっている。

『8番ライト、神楽坂くん』

 神楽坂佑が左打席に入る。6回裏の攻撃で達森のツーベースをふいにした男だ。
 ほとんどピッチャーに正対するかのような極端なオープンスタンス。インコースは打てないとわかっていながらも投げにくい。ひょっとしてがあるのではないかと思ってしまう。

 緩いカーブを少々甘めに投げ込んでも見逃すことは、過去2打席で確証がとれている。
 ワインドアップのモーションから達森はカーブを投げた。

(しまった!)

 リリースした瞬間、悔やんだ。
 疲労のため肘があがりきれず、ボールがすっぽ抜けた。
 チカラのないボールがゆらゆらと宙を漂い、左バッターのアウトコースへ流れてゆく。

 ここぞとばかり神楽坂の長い腕が伸び、長いバットが閃いた。
 打球はきれいな放物線を描いてレフトスタンドへ。
 一塁側の応援席が沸騰した。
 太鼓が打ち鳴らされ、歓声がこだまする。
 待ちに待った先取点にその下のベンチもむろん大騒ぎだ。

 ついに均衡は破れた。
 神楽坂がゆうゆうとダイヤモンドを一周する。
 達森の嫌な予感は的中した。
 この呑気な顔の長身の男はやっぱり伏兵であり、この試合のキーマンだったのだ。

 達森は三塁側の自軍ベンチをみた。
 多田先輩が顧問の根岸といい争っている。
 根岸が侮蔑と嘲笑を浮かべてベンチ奥のドアの向こうへ消えた。

「まだだ、まだ負けたわけじゃない!」

 その叫びは一塁側の歓声にかき消され、泡となってはじけた。



   第42話につづく

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