第50話 渋滞

文字数 579文字


『打ちましたァ!! 
 黄金山、起死回生の逆転ツーランホームラン!
 代打多田、滝沢のインハイのボールを見事、レフトスタンドに叩き込みました!』

 タクシーの車内でラジオが絶叫している。桜台と黄金山工業との対戦を実況中継しているアナウンサーの興奮がいやが上にも伝わってくる。

「この多田ってコは凄いね。木製バットに替えてセーフティをにおわせ、インハイに誘ったんだよ。木製のバットは芯を食えば金属バットよりも飛んでくからね」

 このタクシーの運転手も野球をやっていたのだろうか、ハンドルを握りながらのんびりとした口調で解説する。

「もうちょっと急いでくれませんか? Hurry up!」

 カイトが助手席の背もたれにすがりつくようにしてせかす。
 さっきからタクシーは1ミリも前に進んでいない。

「英語でいわれたってさあ。これ見なよ」

 運転手が前方を指さした。果てしなくつづくクルマの列だ。渋滞につかまって身動きがとれない。
 遠くに保土ケ谷球場がうっすらと見えている。直線距離にして1キロぐらいか。

「ここで降ります!」

 料金を払ってカイトはタクシーを降りた。
 背負ったバックパックを担ぎ直し、左足の感触を確かめる。
 もう痺れも痛みもない。

(間に合うか? いや、間に合わせるんだ!)

 桜台の攻撃はもう9回の表しか残されていない。
 カイトは全速力で走り出した。



   第51話につづく

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