第29話 無勝の伝説

文字数 1,345文字

 それから2ヶ月が過ぎた。
 6月下旬。甲子園出場をかけた地区予選の組み合わせ抽選が行われ、桜台の初戦の相手は黄金山(こがねやま)工業高校に決まった。

「よっしゃーっ!」

 ガッツポーズで拳を振りあげたのは遊川だ。
 食堂に野球部員全員が集められ、マネージャーの加奈から組み合わせの説明を受けたのである。

「コガネヤマ……?」

 どこかで聞いた名前だ。カイトが思い出そうと記憶のページをめくっていると――

「黄金山工業――公式、練習試合とも19年間無勝のチームだ」

 隣に座った大城が解説する。

「ムショウ? 無敗ではなくて?」

 カイトがさらに首をかしげる。

「ひとつの勝ち星もない、文字通りの無勝だ。おまけに黄金山は出場停止処分をくらっていたので、この一年、実戦は経験していない」

「Why?」

「荒くれ揃いの不良校だからだよ」

 小野兄が補足する。

「一年間の出場停止になったのも、いまの三年生部員による新入部員へのシゴキが発覚したからだ。それはもう、ほとんどイジメというか集団暴行で、入院した一年生部員も多数いたらしい」

「うわあ、体育会系の負の側面ですね」

 藤丸が身をすくめるようにしていう。

「ウチはそんなことないから安心しろ。いいたいことがあったら、どんどんいっていいぞ。大城のキャッチングはヘタだ。見てらんねえって」

「だから替えられたんだ。傷口に塩をなするなよ」

 小野兄の軽口に大城が露骨に嫌な顔をする。
 大城は捕手からレフトへコンバートされ、正捕手の座は藤丸がつとめることになった。
 レギュラーメンバーと各ポジションはすでに発表され、カイトは約束どおり代打要員として控えの枠に入っている。

「That time!」

 突然、カイトがすっとんきょうな声をだした。記憶が甦ったのだ。

「どうした?」

 説明役の加奈の横で腕組みして座っていた武藤が顔を向けた。

「コガネヤマのタツモリに会ったことがある。バッティングセンターで!」

「ウチが東海学院に負けた試合の日ね」

 ため息交じりに加奈がいう。

「Yes. 凄い顔でボールを打っていた。日本語でいうと、えーと……キキセマ……なんとか」

「鬼気迫る表情か」

 担当教科では国語教師の武藤がふむ、とうなずく。

「カイト、達森となにを話したんだ?」

「nothing……ただ、おまえはどこの野球部か聞かれただけ」

「なんとこたえた?」

「桜台。そのときは野球部には入ってなかったので、そういおうとしたらカナから電話がかかってきて――」

「あちゃー、秘密兵器の存在がバレたよ」

 遊川がおおげさに嘆いてみせた。

「関係ない!」

 いままで黙っていた滝沢がはじめて口を開いた。

「黄金山との試合ではカイトの出番はない。5回コールドで終わらせる」

 きっぱりと断言する。

「滝沢……」

 武藤がなにかいいかけたとき、神楽坂がのんびりとした声をだした。

「エンジンかけるのはさ、まだ早いんじゃないか。なあカイト」

 なぜかカイトに振ってきた。

「はあ……」

 としかカイトはこたえることができない。
 カイトは黄金山の達森と滝沢はどこか似ていると感じていた。
 一歩もあとに退けない覚悟と切迫感。
 悪くいえば余裕がない。張り詰めた糸のようだ。
 糸が切れるのは果たしてどちらが先か?
 カイトは一抹の不安を覚えるのであった。



   第30話につづく

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み