第48話 木製バット
文字数 789文字
「ボール!」
一瞬、間が空いて主審がジャッジした。
微妙なコースだが、ボール半個分外にずれた外角低めの球だ。
見極めた……というよりかは手が出なかった印象の方が強い。
これでカウントワンボールツーストライクとなった。
「タイム」
多田が主審にタイムを要求して打席をはずした。
自軍ベンチに帰って金属バットから木製バットに替えている。
ミットで口を覆いながら藤丸がマウンドに駆け寄ってきた。
滝沢もそれに応じてグラブで口元を隠す。唇の動きから内容をさとられないためだ。
「狙いはなんだと思います?」
「まさか……ツーアウトだぞ」
「ここはランナーを貯める作戦かもしれません。意表を突いてセーフティで進塁。ランナーを得点圏に進ませてまずはヒットで同点に追いつく」
木製のバットに替えたということは、打球の勢いを殺したゴロを微妙な位置に放って内野手の悪送球を誘う意図もあるかもしれない。
「バッティングよりも足で稼ぐ選手の可能性もあります」
楽勝の相手だと侮って選手個人のデータをとってなかったことが、ここにきて悔やまれる。ここまで苦戦させられるとは思ってもみなかった。
「いろいろ考えてもしょうがない。インハイでいくぞ」
体に向かってくる内角の球はバントがしづらい。
「ボール一個分、高めに外してポップフライに打ち取りましょう」
三塁側黄金山のベンチ前。
高校野球では滑り止めの松ヤニスプレーをグリップに吹きつけることは禁止されている。多田はロージンパックを丹念に手になすりつけてバットを握る。
二、三度素振りを入れて感触を確かめると、再びバッターボックスへと向かった。
「打てーーッ、タダモ!」
「多田先輩、ガンバ!」
「ガツンといってください!」
木崎やベンチの後輩たちから悲痛ともいえる声援が多田の背中を押している。
(死んでも打つ!)
多田の胸中にあるのはそれだけであった。
第49話につづく