第51話 目の前の一勝

文字数 570文字


 9回表。
 先頭バッター、玉井一(たまい・はじめ)

「フォアボール!」

 スリーボールツーストライクから5球ファウルで粘って玉井一ことタマイチは塁にでた。ノーアウトのランナーである。

「ナイス、タマイチ!」
「よくやった!」
「サイコー!」

 逆転され意気消沈していた桜台ベンチがにわかに活気づく。

「タイム!」

 宮田が主審にタイムを要求してマウンドに駆け寄ってきた。
 内外野とも全員が集まってくる。


「小野!」

 武藤も次打者の小野兄を呼び寄せて耳打ちする。
 球場全体に緊張感がはしっている。
 ここがこの試合の最大のヤマ場であることが、プレイヤーも観客も全員わかっている。



「あのコ、気力だけで投げてるわね」

 川澄が眉を曇らせていう。

「もう限界は超えているでしょうね」

 晋之介が同意した。
 達森の苦しそうな表情がうつったのか兵悟も顔を歪めていった。

「達森は……いや、達森だけじゃない。黄金山のやつらは甲子園のことなんか考えちゃいない。目の前の一勝をもぎとることだけに全力を傾けている。
19年間、無勝の伝説にピリオドを打ちたいんだ」

「この試合にもし勝ったとしても、次の試合はボロ負けでしょうね」

 晋之介も溜め息を漏らす。
 窮鼠猫を噛んだものの、もう余力は残ってはいない。
 このまま逃げ切るか再逆転されて終わるか、試合は一秒も目を離せない展開となっていた。



   第52話につづく

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