第20話 秘めたカード

文字数 705文字


 滝沢がマウンドの土をならしている。
 守備側には投手の滝沢と捕手の藤丸しかいない。
 バットに当てられた段階で勝負が決まるので必要ないというわけだ。

 カイトが学校の制服姿のまま、金属バットを持って右バッターボックスに入る。
 滝沢が気負いのない落ち着いた声音でいった。

「いまからド真ん中に三球、ストレートを投げる。一球でもかすることができたら、おまえの勝ちだ」

 つまりはまっすぐのスピードボールを投げるということか。だが、そんな凄い速球を持っているのなら、なぜ対東海学院戦で投げなかったのだろう?

「いま、こう思ったでしょ。そんなスゲー球持ってるなら、なんで三回戦で負けたのかって」

 心の内を読んだかのように藤丸が陽気な声でいった。

「この球を捕れるのはぼくだけだからです。失礼だけど、大城キャプテンは捕れなかった」

 こほん、と後ろで咳払いの声がした。
 主審の役をつとめるのは当の大城だ。振り向くと苦笑いを浮かべている。

「すみません」

 藤丸が前を向いたままぺこりと頭を下げる。
 なるほど、春大会に新一年生は出場できない。藤丸の出番は最初から閉ざされていたというわけだ。

「それに春の段階で手の内をさらすわけにはいきません」

 そうか。シード権は獲得できなかったが、照準はあくまでも甲子園がかかった夏の地区予選だ。早めに手持ちのカードを切る愚を避けたのである。

「藤丸、おしゃべりは終わりだ。はじめるぞ」

 大城が軽く藤丸をたしなめ、

「プレイ!」

 と三球勝負の開始を宣告する。
 その瞬間――

「ッ!――」

 カイトの背に悪寒がはしった。
 滝沢の目がぎらりと光り、その全身から炎のようなオーラが噴きあがっていた。



   第21話につづく


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み