第39話 志木晋之介

文字数 913文字

「先輩のイトコさんはなかなかのクセモノですね」

 閑散とした三塁側内野席でビデオカメラを構えながら志木晋之介(しぎ・しんのすけ)はいった。
 傍らの有坂兵悟が得たりとうなずく。
 二人とも私服である。相模野高校はシード校に指定されているから、一回戦出場は免除されている。ここは「偵察」という名の高みの見物を決め込んでいる。

「だろ。油断するなよ」

 なぜか得意気になって兵悟がいう。
 晋之介は一年生ながら相模野の正捕手に抜擢された主力選手である。中学のときのボーイズリーグでは、桜台の藤丸と何度も対戦したこともあるそうだ。

「問題はタッキーなんだよなあ」

 溜め息交じりに兵悟がマウンドの滝沢に視線を向ける。

「投げ急いでますね」

「多分、5回コールドで決めてやると思ってたんだろうなあ。それがずるずると6回まで0行進。焦りがでてくるのもわかるけど……」

「でも、藤丸はいいリードしてますよ。滝沢さんにスタミナがないことがわかっているから、無駄球を投げさせない」

「なあ、タッキーの実家、弁護士だって知ってた?」

 兵悟がなにを思ったか急に話題を変えてきた。

「その情報、いま()ります?」

「捕手ってのは、選手のプレーだけ追えばいいってもんじゃない。人読みは重要な要素だ」

「はあ」

「滝沢は弁護士を営んでいる親父とうまくいってないらしい。勉強はできるわけだから、大学は法学部に進ませて司法試験に合格、自分の弁護士事務所を継いでもらいたいと思っているそうだ」

「だけど、本人は野球をやりたいと望んでいる……?」

「夢……というか目標はメジャーらしいんだが、そりゃ親にしてみれば心配だわな。滝沢はそれなりに優秀なピッチャーだが、雷音寺の獅子王のように160キロの豪速球を持っているわけではない」

「球速がすべてじゃないですけどね。先輩のような狡賢さも必要です」

「おい!」

 と兵悟はすかさずツッコミを入れた。

「それより、やたら詳しいですけど、どこから仕入れた情報ですか?」

「おれの6番目のカノジョ。なんでも中学のとき、滝沢と付き合っていたらしい」

「はあ……」

 晋之介が呆れたように兵悟を見つめた。マウンドでの守備範囲と同様、この先輩は女子との守備範囲も相当広そうだ。



   第40話につづく

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