第61話 最強の弱小

文字数 876文字


「弱小であることは確かだけど……」

 川澄が電子タバコを懐にしまいながらいった。

「最強の弱小といえるかもね」

「最強の弱小……珍しくいいこといいますね」

「また、おまえはッ!」

「イタタタタタ……」

 三度、川澄のヘッドロックが兵悟に炸裂した。もはやなにかのプレイのようだ。

「さてと……」

 兵悟にかけたヘッドロックをあっさりと解き放ち、川澄は腰をあげた。

「あれ? 最後まで見ていかないんですか?」

 晋之介が見あげていう。張り出した巨乳に隠れて川澄の表情がみえない。

「見なくてもわかるだろ」

 そういうとさっさと通路口に消えていった。

「やれやれ。あのオバサン、香水の匂いがきついんだよな――あっ!!」

 しまった、という顔を兵悟はする。晋之介がビデオカメラで動画も音声も拾っていることを失念していたのだ。

「おまえ、おれがヘッドロックかけられていたところ、撮ってないよな?」

「もちろん撮ってます。いまの問題発言も」

「削除しろ。いますぐ」

「いますぐは無理ですよ」

「じゃあ、あとでおれに編集させろ」

「ノーカットで見せろ、と監督にいわれてます」

「おまえ、おれを殺したいのか? 四の五の言わず素材をおれによこせ!」

「は、離してください。ほらっ、桜台のひとたちが見てますよ!」

「そんなの関係ないっ! よこせったらよこせ、よこしやがれ!!」

「ひぃーっ、だれか助けてーーっ!!」



「なにやってんだ、あいつら。イテテ……」

 ベンチにひいた遊川が左の脇腹を押さえて首をかしげた。

「さあ……?」

 隣に座ったカイトも三塁側内野席で繰り広げられている醜い争いを眺めている。交代した大城の守備位置(レフト)には二年の花江元樹があてられ、元気に声をだしてグラブをたたいているところだ。

 明るさがもどった桜台とは対称的なのが黄金山ベンチだ。悲壮感につつまれ雰囲気は重い。
 打順は9番の今井からだ。
 達森は祈った。
 自分までまわってくれ。

 キン!

 澄んだ金属音が響いた。
 ショートとサードの間を打球はきれいに抜けた。
 達森が、いや黄金山ナイン全員が立ちあがった。
 希望はまだ途切れてはいない。



   第62話につづく

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