第40話

文字数 1,890文字


 カズキはいつもどおり、土曜の午後は学校でギター練習して、遅めの時間に駅に向かったが、数本の列車をやり過ごして待ってみても、やはり美琴の姿は見つけられなかった。
 しかし夜には早速報告が来た。

《カズキさん、報告させていただいていいですか、合唱大会のこと》

《コノハだね、もちろん、すきなだけどうぞ!》

《すばらしかったです。みんなで音楽を奏でるって、素晴らしいことですね。とはいえ、私はおとなしくしていました。うかつに手を出して、ミコさんのお邪魔になってはもうしわけありませんから》

《大会というからには、賞とかもあるの?》

《私たちのクラスは金章でした。優勝です》

《がんばったんだね。おつかれさまでした》

《本当によかったので、カズキさんにも聴いていただきたかったです》

《そうだね。合唱も聴きたいけど、自分はまだミコさんのピアノを聞いていないんだ。楽しみにしているんだけど》

《私も、カズキさんのギターを楽しみにしています》

《ギターのこと、知ってるんだね?》

《はい。でも、どういう音楽か、いまいちわかりません。なんとなくお伊勢音頭の三味線みたいな印象が……》

《僕は三味線やったことない。正直、だいぶちがうと思う》

《ですよね、すみません》

《コノハは、三味線はやったことあるの?》

《はい、少し。おタカさんという上手な方がいまして。あそびめとして江戸に来られた方ですが、身体をこわされて、私たちの村に身を寄せるようになりました。兎内村はそういうかたがよくいらっしゃいます》

 あわてて「あそびめ」を検索。遊女のことだと思われるが、芸能に従事する女性一般を意味し、必ずしも売春専従者を意味するものではなかった、とのこと。でも、否定はされていない。

《兎内村は、どういう村?》

《語ってもよろしいですか?》

《どうぞ。ミコさんが疲れたと言うまで、いくらでも》

《ありがとうございます。兎内村は、表向きは小さな農村です。しかし本当は東方陰陽師の末裔、先読みの技を伝える村なのです》

《ごめん、漢字の読み方がわからない……》

《とうほうおんみょうじのまつえい。陰陽師はご存じですか?》

《たしか、安倍のなんとか……》

《安倍晴明ですね、ミコさんもそれはご存じでした。でも、その時代はずいぶん昔ですし、私たちは正統を受けつぐ村ではないです。むしろ別の流れ》

《というのは?》

《私たちは、幕府土御門家の承認を受けているわけではありません。祈祷や札の配布もしません。表向きには、普通の小さな農村です。ですが、かつて世が荒れた時代、ある天文博士が都を去ったのがはじまり。天文博士というのは、今で言う中務省陰陽寮の職名です。とても優秀なかただったそうです。陰陽師の天文の技は、古くから完全部外秘のはずなのですが、何か特別な事情があったのでしょう》

《今で言うって、コノハにとっての今だよね?》

《ですね、すみません。この仕組みも、江戸の終わりと共に、なくなってしまったようです。しかし、むずかしい話は、私たちにはあまり関係ありません。つまり私たちは、月に近いものです》

《月?》

《月のウサギのことは、ご存じですか?》

《月の模様が、ウサギに見える、ってやつ?》

 しばらく間が空いた。
 そして届いた長文メール。

《サル、キツネ、ウサギ。三匹が、貧しい老人に会いました。三匹は老人を助けようと考え、サルは木の実を集め、キツネは川から魚をとりました。しかしウサギはなにもできません。なんとかして老人を助けたいと考えたウサギは、サルとキツネに火をたいてもらい、みずから食料として捧げるべく、火の中へ飛びこみました。それを見た老人は、帝釈天となり、ウサギの慈悲行を伝えるため、月へと昇らせました。月に見えるウサギの周囲に影が見えるのは、ウサギが身体を焼いたときの煙だとのこと》

《その話は、何となく聞いたことがある》

《それが私たちの村なのだと、私は幼いときから聞かされております》

《いざとなったら犠牲になる、優しい人たち、ということかな》

《普通に考えれば、そのような意味になると思います。ですが、それだけではありません》

《つまり?》

《すみません、ミコさんが、つかれた、と……》

 確かに。
 長いメール書いてきたし。

《じゃあ、今日はこのへんで。でもたぶん、コノハがこの時代に飛んで来れたのも、村の技と関係あるんだろうね》

《そういうことです》

《今風の言い方ですごく申し訳ないけど、大切な人との別れなんかも、あったんだろうね》

《明日は、私がこちらに来るきっかけになった出来事、お伝えしますね》

《楽しみにしてる。ミコさんに、よろしく》

《おやすみなさいませ、カズキさま》
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