第61話

文字数 531文字


 カズキは、その演奏のあと、修正すべき箇所をかるく20箇所以上自己発見し、すべて記憶していた。
 しかし、油断すると忘れてしまいそう。
 寝起きの夢があっけなく消えていくかのように。
 失わないためには、もう他人と会話する余裕はなかった。

 カズキは拍手されても、話しかけられても、言葉が出ず、ギターをケースにしまい、荷物をまとめて、一礼して教室から出て行った。

 美琴は、すぐに教室の出口にかけよって、彼が出て行ったあとの扉を閉めた。
 そして、彼にかわって深く頭を下げた。

 タダスケは「大丈夫か、あいつ?」と心配した声で言った。
 ユタロウは「なんかヘンだったな、オレ、送っていった方がよくないか?」と言った。

 しかし美琴は、二人に向かって首を振り
「成長するサナギは、一人になることが必要なの。今は、一人にしてあげるべき」
 と、はっきり口にしていた。

 朱先生は、教室の後ろで、手頃な半紙に文字を書いた。
 それを手に提げて、前に出てきて、黒板に貼られた少女のイラストの横にマグネットではり付けた。




    もどかしく音を追う君と  




 ストレートな印象の墨文字。
「こんな感じかな。さて、私は職員室に行ってるから、部長、戸締まりだけ、頼むよ」
 朱先生は片手を上げて去っていった。
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