第30話

文字数 1,734文字

 美琴は、いつも通り、母と二人で夕食の席に着いた。
 テレビが今日のニュースを伝えていたが、音量は小さく、部屋のBGMのとなっていた。
 父はまだ帰っていない。父は録音スタジオの技術者として、夜の勤務が常だった。ときには早朝に出かけたり、スタジオ外の収録の仕事で出張することもあったが、たいがいは昼過ぎに出勤して、終電近くに帰ってくる。
 そのため、夕食はいつも母と娘の二人。
 小さな一軒家のキッチンテーブルで、お刺身と、根菜の煮物の夕食を食べているとき、母が急に改まった態度で美琴に言った。
「今日ね、ハルから、連絡あったの。今度一回食事しよう、って。あなた、行ってきたらいいわ」
「え、なんで?」
 ハルさん……晴彦叔父は、美琴の母の弟だった。
「たぶん、はっきりした理由はないと思うんだけど、たまには会いたいんじゃない?」
「お母さんは?」
「私は遠慮。近くなら考えてもいいけど、横浜で、って話だもの」
「なんで、そんなところで?」
「あなたに会わせたい人がいるらしいわよ」
「私に?」
「もちろん、お見合いとかそんなんじゃないでしょ。ただ、音楽が好きな人らしいから」
「あーもう。やっぱり男の人なんだ」
「いいじゃない、そういうのもたまには。私はいいから、直接確認してみて。メアド、知ってるわよね?」
「ハルさんだよね、いちおう」

 よけいなことだ、と美琴は断じたかった。
 ハルさんが、私に男を紹介?
 喜べるわけなかった。今はせっかく偶然に出会った他校の男子と、いい感じで親しくなりかけているところなのに。
 晴彦叔父は、今は関西で暮らしている。もともと大手ゲーム会社にCGデザイナーとして勤めていたが、作品の制作設計まで関わるうちにシステムデザイナーとしてエンドクレジットに名前が載るようになった。フリーになってからは、浮き沈みが激しいが、成功するときはかなりのものらしい。
 美琴の家族は、ずいぶん世話になってきた。美琴の父は、ひと頃は多忙な時期もあったのだが、それが過ぎてからは地味なスタジオエンジニアとなり、堅実ながら手取りは多くなかった。息子の医療費と、娘の教育費、両方を十分に用意することは難しかった。そんなとき惜しまず援助をしてくれたのが独身の晴彦叔父だった。
 ただ、それも、死と不登校という結末をむかえて終わったわけだが、晴彦叔父には足を向けて寝られない、という感情は、今でも家族に共通していた。

 美琴がハルさんに直接、問い合わせのメールを送ると、まもなくパソコンで書いたとわかる長い返信が来た。

《横浜で会おう。泊まっていけ。もちろん、もう大人だし、別々の部屋だ。じつは、私の知り合いに、紹介したいやつがいてね。見合いとか、そんなんじゃないから、安心してくれよ。ただ、なんかビビッと来るものがあってね。私は、直感って、大切にしたい方なんだ。知ってると思うけど。それで成功したこともあるしね。まあ、そっちにもいろいろ事情はあるだろうけど、ひさしぶりにうまいもの食って語り合おうじゃないか。それに、こんな誘いができるのも、最後かもしれないだろ。美琴も高二だもんな。だから、これからの進路もふくめて、いろいろ話をしておこうと思って》

《いいけど、見合いじゃないなら、それ、なんですか?》

《いわゆる、合コン?》

《私、高二、お酒とか飲めないんですけど》

《ピアノはやってる?》

《まあ。本格的にというわけではありませんが》

《おけまる》

《はあ? 意味わかりません》

《とりま、おたのしみに(≧◇≦) ピアノの録音作っとけよ》

 なんなんだこの人、と美琴は苦笑してしまう。
 しかたがないので、カズキ君にメールする。

《今週の土曜は予定ができて速攻で帰ります。あと、合唱大会の本番が来週土曜なので、来週も会えないと思う。またメールするね。そちらからの例のメールは、続けてくれると嬉しいです》

《了解。外すとは思うけど、いろいろ送ってみる》

《ありがとう》

 なんだか、こんなに何人も男性と関わりを持つの、自分史上初だよ、と美琴は一人で肩をすくめてしまう。
 とりあえず合唱大会の本番では、ベストの演奏をしなくてはならない。
 クラスのみんなも上達しているし、ただの校内行事とはいえ、ここまできたら負けるわけにはいかない。
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