第32話

文字数 1,393文字

 美琴は、ホテルのシャワーを浴びたあと、裸のままベッドに横になって、大きめのマクラを背もたれにして、スマホのメールを確認した。
 今週、カズキ君からとどいた数通のメール。
 何でもありとは言ったけど、それにしてもいろいろ考えるものだ。
 最初はこれだった。

 
    ◆


《未来に対する君の責任に、早く気がついてほしい。もうあまり時間がない》


 返信→


《ごめん。不発》


    ◆


《私は異世界人である。おまえに平行宇宙から我が意思を送り込んだ。これは実験であると同時に、人類救済の一歩である。どうか目を背けないでほしい。人類は君の覚醒をまっている》


 返信→


《……》


    ◆


《あなたは忘れているのね。けれど、それは忘れることが必要だったから。あなた自身の心を守るために。でも、もう大丈夫なはずよ。私は、もう一人の私。思い出した?》


 返信→


《関係なし。別のアプローチでお願いします》


    ◆


《君の中の眠れる才能が、目を覚まそうとしている。世界は、今、君の目覚めを待っている。さあ、時は充ちた。ウェイク・アップ・ガール!》


 返信→


《違う!》


    ◆


《我々は不可視生命体である。おまえの身体に宿らせてもらった。しかし、悪い取引ではないはずだ。おまえは身体を我々に提供する代わりに、あの巨大な力を得るのだ……》


 返信→


《だめでした》


    ◆


《前世で、僕たちはいっしょだったじゃないか。やっと思い出してくれたんだね。あの約束を》


 返信→


《まただめでした》


    ◆



 そして、土曜は会えないことを伝えた美琴のメールと、短い了承返信。
 収穫、ある?
 なにも、なくない?
 そもそも彼にメールを頼んだこと自体がまちがいだったのだろうか?
 一人でかかえこんだままでも、いずれ時間がたてばはっきりしてくることだったのではないだろうか?
 つまり、よけいなこと?

 何度も、考えた疑問。
 しかし結論は、いつもノーだ。
 彼しかいない。
 つまり「彼しかいない」と自分の中で仮に考えてみたとき、最も話がすっきりする。清らかな魔法の聖水で心が洗われたかのように。
 他の方法では、どうしてもそうはならない。
 あとは、彼にがんばってもらうしかない。
 悪いけど、ここから先は、カズキ君、君の問題だ。

 ホテルのシンとした部屋。
 美琴は目を閉じる。
 内側で暴れているのは、心臓の音?
 中学の痛い記憶?
 もちろん鍵をかけたホテルの部屋にも、あいつは平気で現れることができる。
 しかし、そうはさせないのが、私の仕事。
 でも、ここ最近は、それだけではない何かが……

 スマホが鳴り、メール着信を知らせてきた。
 なぜか、胸が高鳴る。
 予感にざわめく。
 確認すると、やはりカズキ君からだった。

 読んだとたん、一瞬で世界が上下でひっくり返った。
 涙が噴き出してきた。
 今までの全ての疑いと、全ての期待が、ここに収束していた。










《過去からのメッセージ、気付いてください。お願いします》








 返信→







《あたりだった。ありがとう》 












 なにそれ?
 やっと正解にたどり着いたのですよ。
 もっと気の効いた返信をするべきです。
 きっちりと、本気で感謝を伝えるべき。 
 カズキ君は、真面目に考えて、それだけのことをしてくれた。
 そうですよね?
 次は、私が感謝を伝えるメールを送ります。
 メールなら、私が前に出てもいいような気がするし。
 ていうか、メールって、これ、便利ですね……
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