第62話

文字数 2,776文字

 
 タダスケが立ち上がって結びの言葉。

「えっと、今日は、みなさん、わざわざ男子校までありがとうです。彼は行っちゃったけど、まあ、成功を祈るってことで。このあと、とくに打ち上げとか予定してないんですけど、代わりにオレから提案があります。彼のコンクールが8月30日。それが終わったら、文芸部として旅行に行っちゃおうかと。ホント、ギリギリで申し訳ないけど、まあ、夏休みの〆(しめ)ってことでいいじゃないですか。
 もちろん、文芸部の合宿なので、浮かれた気持ちで参加してもらっては困ります。万年筆と原稿用紙は必須。え、パソコンはどうなのかと? そんなことはしりませんよ。遊びに行くのになんでパソコン持っていくの。ははは。
 で、千葉の海はどうかな、と。
 もちろん金があるならいろいろ候補はあるだろうけど、学生なんでそこは謙虚に、男子部屋と女子部屋にわかれて雑魚寝スタイル。一泊だけだけど、千葉なら近いから、天気さえよければわりと泳いだりする時間はあると思う。
 つきましては、今日はとりあえず参加費の徴収をさせていただきたい、というのは冗談ですが、行けなさそうな人、いる?」
「てか、行ける人いるのか?」
 と、ユタロウのもっともな疑問に、部長は余裕の笑みを浮かべた。
「じつは、根回しは済んでいる。姉ちゃんは仕事で無理だが、あとはミコさんの関係で了承済み。ていうか、千葉の海って、ミコさんの希望だし。わからないのは、ユタロウの、あなた……」
「石崎です、石崎真里」
「そうそう、真里ちゃん、どすか?」
 小柄な真里が、困った表情をした。
「私、聞いてないんだけど」
「わるい」とユタロウ。「ここでその話になると思ってなかったから」
「私、正直、海は苦手だな、というか、そもそも行ったことない」
「行こうよ」タダスケは明るく前向きに言った。「足のことなんか気にしなくていいし、仲間なんだから」
「いや、足、というより、むしろ……、どちらかというと……、おなか?」
 真面目で文化系の真里が、横に座っていた贅肉のない精悍な彼氏を見て首を傾げた。
 すると、横にいた雪乃が、真里の肩をつっついた。
「全然大丈夫よ。私なんか気にしても無駄なレベルだし」
「雪乃は」と、イスに移動して座った美琴が口をはさんだ。「マンガの追い込みでダイエットどころじゃないもんね〜」
「え」と真里が食いついた。「マンガ、描いてらっしゃるんですか?」
「うん、いちおうコミフェスにブース出してるよ」
「今年も?」
「もちろん」
「わー、すごい。行きます、行きます、絶対行きます。何日目ですか?」
「私たちは2日目の西館、入ってすぐのブロック」
「え゛……」
「なに、どうかした?」
「えと、私の記憶が確かなら、たしか、そのへんは……」
「そうよ。ごぞんじのようね。あなたもお仲間?」
 雪乃の”同志発見”のキラキラ眼差しに、真里はあわてて首を横に振った。
「いやいや。私、そういう趣味はちょっと。ただ、美術部なんです。マンガでもアニメでも”背景”がすごく気になります」
「背景萌? 男子じゃないの?」
「すみません。でも、まあ、嫌いじゃないですよ、かっこいい男子は」

 その素直な台詞に、全員、爆笑。
 たしかに、ユタロウほどかっこいい男子は、そうはいないから。

「真里ちゃん」と雪乃が私語を続けた。「ちょっと、このあと語り合おうか、30分だけ。本当は、入校、半分までで、私のページで止めてもらっている状況なんだけど」
「えー、そんなせっぱ詰まった状況で来ちゃったんですか?」
「だって、ミコの彼氏がギター弾くっていうから」
「いやいや」と横から美琴。「彼氏なんて言ってないし」
「でも、いい演奏だったよ。誘ってくれてありがとう。ホント、来てよかった」
「ですね」と真里も同意。「私、クラシックと言うから、もっとお硬いイメージだったんですけど、なんか、猛烈で、すごかったです」
 美術系女子の二人の感想を聞いて、美琴はホッとした。
 美琴の中のコノハもホッとした。

「えっと、いいか?」
 話の途中だったタダスケがせきばらいして聞いた。
 女子たちが「すみません」と私語を止めて、彼にむいてうなずいた。
「そういうわけだから、八月最終はよろしくな。あとで入部届まわすわ。メアドもよろしく」
「はあ?」
 と女子がハモって首を傾げると、タダスケは追い打ちをかけた。
「それまでに、作品も作っといてな。夏の宿題ってやつ。先生はみんなを信じてるよ」
「待ってください」と真里が立ち上がった。「月末の旅行の前に、コミックフェスティバルがあるじゃないですか。よかったら、みんなで応援に行きませんか?」
「いや〜」と苦笑する雪乃。「あまり男子が来て楽しいってところじゃないし」
「そうなんですか?」
 真里が、雪乃の友人の美琴に向かって、あらためて問いかけた。
「いや、私はよく知らんけど、なんか、こないだ、キャラクターデザインとか言ってポーズさせられた」
「わっ」
 思わず叫んだ真里が、あわてて口を手でふさいだ。
「なん、どうした?」
 と横のユタロウ。
「それって、まさか、エッチなシーンに、この方を利用したってことですか?」
「そうだよ。そうだけど、なにか?」
 あっけらかんと雪乃が肯定。
 美琴はあわてて「え、そうなの? だからまだ、見せてくれてないの?」と問いただした。
「だって、先輩から引き継いだ貴重なサークルよ。固定客ついてるのよ。売り物だもの、可能な限りベストをつくしていいもの作らないと。ネ」
「な、なんのビジネスなの……」
 と真里は目を見開いて呆然とした。
 部長タダスケも呆然とした。
「女子校、恐るべし」

「なあ、オレたちもせっかく文集作ったらどこかで売ろうぜ」とユタロウの意見に、タダスケが「そんなに世の中甘くないですよ、これが」と説明している影で、雪乃が声をひそめて真里に言った。
「ね、あとで、彼、かして」
「は?」
「描かせて」
「え?」
「腹筋、われてるんでしょ?」
「……まあ、多少は」
「知ってるのね。すごいの?」
「ななななななな、何を言ってるんですか、こんなところで」
「描きがいがありそうね」
 遠慮のない雪乃に、真里は反撃して腕をのばし雪乃の豊かな胸に手をあてた。
「雪乃さんこそ、描きがいがありそうなお身体では? ていうか、まじで柔らかい」
「なぬ、さわったな。水着で勝負よ、忘れないで」
「私だって、お腹の肉量なら、負けません」
「このあと、お茶会、いいわね」
「二人で?」
「誰が来てもいいけど、覚悟はしておいて。18禁でいく」
「私たち、高二ですよね? 18禁以前の立場ですよね?」
「まあまあ、堅いこと言うな」
「もー、私は、真面目系美術少女なのにー」

 高校生たちに気をつかって後ろで黙っていた大人のミイサ姉がひそひそ声の「18禁」というひと言を、聞き逃さなかったのはいうまでもない……

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