第56話

文字数 2,472文字

 いきなり聞いてしまった業界の内部情報。
 カズキはすぐさま父親に頼み込んで、執筆用のパソコンを使わせてもらった。普通はゆるされることではなかったが、事情を説明して、二人でネットを探った。

 たしかに主要メンバーは、名前の検索だけでヒットした。クソうまいらしい北海道の女性は、ネットに動画も上がっていた。バリオス「森に夢見る」の完璧演奏。厳密には完璧と言えるほどではないのかもしれないが、カズキの耳と、ネット動画という音質環境では、明確な失敗をみつけることはできなかった。
 九州の高校生と、東京の大学生三人は、動画までは見つからなかったが、他のコンクール入賞者として名前を見つけることができた。
 ついでに大森クンも調べてみると、何回か重奏コンクールに参加していることがわかった。
 
「みんな、がんばってるんだなぁ……」
「東日本コンクールっていうから西日本の人はでられないのかと思ったが」
 横からの父の問いに、カズキがあっさり答えた。
「運営が東日本の人たちってだけ。参加者に規制はないよ」
「なるほど。しかしカズキ、ギターの音さ、オレはいいんだけど、 マンションだし、けっこう気になるよ。基礎練はいくらやってもいいけど、あの曲、音でかいとこあるだろ。本気で音出しするのは、時間を制限してやってもらった方がいいかもな。管理組合から注意されると、何も言えない」
「じゃあ、どうしたらいいかな」
「図書館で練習とかできない?」
「読書じゃないし」
「公園は?」
「暑くて楽器によくないと思う。高校なら文芸部の部室があるけど」
「そこまで行くのも、さすがにな」
「でも、いちおうエアコンあるし、行ってしまうのもありかも。父さんが日中休む日は、高校行ってくるよ。定期切れてるんで、交通費だけもらっていいかな?」
「わかった。あと、暑いから、着替えとかも持ってけよ。汗くさかったら、出会いもないぞ」
「出会いは、じつは、今年に入って、いささかございまして」
「なぬ?」
「じつは、キスとかも」
「なぬなぬ?」
「でも、その二人は、すっごく特別な人だから」
「二人? はあ、なにそれ。いきなり二股か?」
「いや、わかれていない二股、ていうの?」
「なんだそりゃ。禅問答か?」
「とにかくすごいんだ。目からビームとか出しちゃうし」
 父はくっくっくと笑いをこらえて。
「ぜんぶ妄想じゃないのか?」
「まあ、そうかもしれません。とりあえず、パソコンありがとうです」
「うむ。まあ、おまえがいい成績をとれば、オレにとっても勲章なんだ。応援するから鬼がんばれよ」
「言われなくても」
 部屋に戻ろうとしたカズキが、ふとふり返って聞いた。
「このこと母さんに報告した方がいいかな?」
「応募してくれたんだろ? 教えようよ。ま、オレから伝えておくか」
「連絡、とってるの」
「とってるよ。見る?」

 見る? ってなんだよ。親のメールなんか、見たくはないけど、と思いつつパソコンをのぞくと、父はメーラーではなく、ブラウザーを開いた。
 そして動画配信サイトのリストから、ひとつを選んで、その配信者のリストから、最近の雑談回を開く……

 少女の3D。
 見開いた目が、ときどきまばたき。
 あざといくらいかわいい。
 背景は、ピンクのお部屋。
 メルヘン調のなごやかなBGM。
 明るくハイトーンのアニメ声で……

「はい、はじめるよー。『木もれ日アリスのにぎやかなお茶会』へようこそ。どうもー、みんな、いらっしゃいー。ちわっすー。はろはろー。今日もにぎにぎしくてありがとー。ねえ、最近さぁ、暑いよね、ホント、暑すぎ。アリスは暑いのにがてでふにゃーって溶けそうだけど、みんなと会えて元気100倍だよ。おっと、いきなりポテンシャルネコさん、メンバー登録ありがとうーべりべりまっち。えっとね、今日はね、ひさしぶりに、まったり雑談会なんだけど、リクエストがあればアニソンも歌おうかなと思っているよ。ツィッターのリプもチェックしてるけど見逃しちゃったらごめん。さてさて、今日のテーマは、ズバリ『プール』。プールっぽいこと、なんでもあり。みんなの経験とか聞かせてくれると嬉しいな。ゲームばっかしてないで、たまには外で運動しようぜ、なーんてね。私、正直、運動は苦手だけど、夏はわりと嫌いじゃないんだ。いいよねー、プール帰りのアイス。え、なに? みんなはスイカ派? 『塩素とスイカ臭が鼻で混ざり合うの最高』って、なにそれ笑えるー。ま、そういうこともふくめつつ、いつも通り、まったりやっていこうと思ってますから、どうか気長によろしくー」

 え?
 なにこれ?
 ハイトーンに作っているけど、まちがえようがない声。
 うちの母親はブイチューバーだったの?
 少女3D、その声は海和良子。

「楽しそうだろ? これは直近のアーカイブだけど、ときどきオレも一登録者としてコメント送るんだ。ま、スルーされるけどね」
「全く知らなかったんですけど」
「教えようか迷ったんだけど、しばらくは黙っていようってことだったのさ。最近、登録者10万人超えたしね、そろそろ頃合いってことで。でも他言は厳禁だよ。人物がばれるのは絶対NGな業界だから」
「わかってる。でも、なにこれ、ゲーム実況ばっかりじゃん」
「うん、何か問題でも?」
「いや、さすがに、うちの母親が、少女を偽ってブイチューバーで、しかもゲーム実況専門って、どう考えてもヤバイやつでしょ」
「いや、それ『少女』じゃなくて、正確には『幼女』ね」
「その方が百万倍ヤバイし!」
「まあそう言うな。みんな自分の道でがんばっているのさ。カズキもがんばれ」
「自分の道って、これが? ……なんか、すげーヘンな夢見そう」
「あ、そうだ、さっき言っていた二股の子って、もしかして双子さん?」
「ちがうけど」
「双子さん萌、どうだろう。次に書いてみようかな。クールな双子ってのはいるけど、ドタバタ系で、ふたりでドジっこ。茶碗ひっくり返したー、箸おとしたー、みたいな。どう、モンゼツものじゃないか?」
「好きにしてください。僕は寝ます。おやすみなさい。さらば、このろくでもない大人の世界!」
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