第41話

文字数 3,406文字


 そして、日曜の夜。

《今日お伝えすることは、ヤバイことです》

 カズキは苦笑してしまう。

《ヤバイって、ミコさんのボキャブラリーなのはわかるけど、コノハが使うと面白いね》

《すみません、でも、この話は、真剣に聞いてください。マジでメチャクチャヤバイ話なので》

《了解》

《あれは、今年の冬の終わり頃のことでした。寒さとひもじさを、ようやく乗り越えかけたころです。朝に、一人の男が、私たちの罠にかかっていました。罠というのは、盗難を防ぐために、共同倉庫の前にしかけておいた網です。ここまではよろしいですか?》

《よろしいし、話が続くなら、どんどん続けて送ってくれていいよ》

《ありがとうございます。カズキさんの優しさ、心にしみます》

《そんな、大げさに感じてくれなくてもいいよ。さ、続きをどうぞ》

《男の名は、久夫。隣村の組頭をしている家の長男でした。ただの組頭ではなく、家は米商いもしており、売り渋りの悪いうわさは、広く知られているところでした。そんな男の叫び声が、夜明け前に奇妙に響き、夜明けと共に村人が集まって、その男を見たのでした。背が高く、いかつい暴力的な男でした》 

《私たちの村は、ちょうど名主様が亡くなられたばかりでした。代わりに私の叔父に当たる清平様が、この男に対しました。「何をしに来たのか」と》

《男は応えました。「いいからさっさと罠を外せ。さもないと、この村に卸す米を一切止めてしまうぞ」それはしかし、人々の失笑を買いました。「あなたのところから下りる米が、まだあったとは驚きです。最後は、たしか昨年の春だったかと」》

《「うるせえ」と男は怒鳴りました。「オレを今すぐ放したら、一俵の米をとどけてやる」それはでまかせだということは、村人の一人残らず感じたことでした。そこで清平様がいいました。「そのまえに、なぜ兎内村に忍び込もうとしたのか、説明をしていただけますか」》

《「忍び込んだんじゃねえよバカ。誰がお前らに言うかい」》

《「正直に言っていただければ、この件、村の外には絶対にもれないよう、配慮いたしますが」》

《「ほんとうか」と男は態度を変えました。やはり本家に知られてはまずいことだったのでしょう。幸い私たちの村は、約束事は守ることで知られていましたから、男は本当のことを語る気になったのです。》

《「うさぎを見たんだ。俺は見た。いや、うさぎの女だ。うちの蔵に怪しげな人影を見つけて、物陰から近づいてみると、若い女だった。その時にすぐに人を呼べばよかったんだが、物取りらしくもないし、月明かりの下で女とわかったし、俺は黙って後をつけた。女は、気がついたらしく、屋敷を出て、夜道を早足でこの村にやってきた。で、ここの前に来たとき、うさぎの姿になって、小屋に消えたんだ。そんなバカなことあるか、と俺が近づいたら、いきなりこのざまよ》

《それを聞いた清平様は言いました。「そういうことなら、疑いを晴らしておかなければなりません」そして、人垣の中にいた私を手招きしたのです。「あなたが見たというのは、この子ではありませんか?」》

《男は「何をバカな」と最初は敵意むき出して否定しましたが、私の身体にわずかに残る光に気がつくと、急に態度が変わり「そうだ、そうに違えねえ」と断じました》

《「かわいそうだな。小さいのに、人の蔵に忍び込んだ罪をつぐなわせなきゃならんとは」と笑う久夫に、清平様は言いました。「いいえ、久夫殿、この子は明け方まで、先読みに参加していました。どこにも行っておりません」》

《「そんなバカなことがあるか、俺はこの目で見たんだ」》

《「昨夜は、藩主様の御家来様がいらしておりました。夜を徹して先読みの技を使ったばかり。御家来様は、結果を持ってすぐに立たれましたが、一部始終はよくご存じのはず」》

《「ったく、なんだよこの村は、あやかしの巣窟か?」》

《「よかったら、小屋の中も確認してみますか?」清平様の言葉に、久夫は「当たり前だ、早く網を外せ」とすごみましたから、とにかく村人数人で細い紐でできた網を男から取り除いてあげました。自由になった久夫は「俺は見たんだ。まちがいねえ。きっとこの小屋に隠しごとがあるに違いねえ」と怒鳴りちらし、小屋をのぞきました。》

《もちろん、そこには、特別なものはひとつしかありません。狭く清められた部屋にある祭壇、そこにひとつの丸い石。》

《「なんだこりゃ、石か。うさぎっぽいかたちはしているが」久夫は石を手でたたき、さらに持ち上げて、下にたたきつけました。けれども、石はなにごともありませんでした》

《「石は石、ただそれだけのことでございます」と清平様がおっしゃると、久夫は小屋を出るなり、清平様の胸ぐらをつかみ上げました。「てめえ、さっきから態度がでかすぎるって自覚ある?」「いえ、なんのことだか。私はただ、事実をお伝えしたまで」「事実とぬかすか、この妖怪やろう。知ってるぞ。この村のやつらは、全員あやかしなんだ」「そんなことはございません、ただの貧しい水呑み百姓でございます」「うそつけ、だったら何で藩主の使いが来てんだよ」「使いではございません。文官のかたです」「しゃらくせえ、おまえ、そんなに死にたいか?」》

《久夫は、腕っぷしが強く、暴力沙汰でよくうわさがとどいている男でした。私もそれは知っていました。だから、一歩、前に出たのです。》

《清平様は、叫ばれました。「コノハ、やめるんだ」と。ですから、清平様は、なにも悪くございません。ただ、私は、まだ夜の術の余韻が残っていましたから、手をのばすと、男の胸の鼓動を感じてしまいました。その動きを、思わず握って、止めてしまったのです。怒りの勢いのうちに。男はすぐに息絶えました》

《ごめんなさい、カズキさん、こんな話、してしまって。でも、私を知ってもらうために、あえてお伝えしました》

《そのあとのことは、私はよくは知りません。ただ、あとで聞いたところによると、死んだ久夫の血を灰の中で抜き、部位をわけて、肉買いの到着を待ったそうです。食べるもののない時代でしたので、そういうことは、めずらしいことではなくて》

《しかし、どういう事情や、理屈があってところで、私が人の命を止めたことにはかわりありません。大きな罪として私にのしかかりました。だれよりも、私自身が、そう感じました。そして、私の力の暴走が始まってしまったのです。止めようとしてくるかたを、私の力が勝手に大げがさせてしまう。私は、死んだ方がいい、と思いました。清平様は「よけいなことをさせてごめん、先読みのときに霊がさまようのも、おまえの責任ではないのに」と泣いてくださいました》

《私は、食べることをやめて、死にゆく覚悟をしました。しかし、私を救うために、父と、兄が、先に動いてしまったのです》

《ようやく、山菜が芽吹きはじめた頃、父が、施術ののち、火に入りました。しかし、うまくいきませんでした。そして、みなが止めるのも聞かず、笑顔で兄が火に入りました。兄は過去に類がないほど優れた術者になると期待されていたのに。私は、そこまでの記憶しか、ありません》

《私は、幼いながらも、私たちの村が悲しみに染まってしまうことが、たえられませんでした。ただ、それだけです》

《ちなみに、小屋にまつってあったのは、うさぎ石。それこそが、私たちの村の伝承です。その秘術によって、未来を見たり、人の心そのものを未来に飛ばすことができる。ときには、身内の犠牲によって》

《罪深い私は、きっと刑場や、あるいは戦場に飛んでしまうのだろう、と思っていました。でも、そうではありませんでした。時を飛び、最初に美しい音楽が聞こえてきたのです。きっと、月に上がったうさぎも、こんな音楽を聞いたことでしょう》

《カズキさん、今夜の私の話は、このくらいです》

 コノハの、特別なこと。まるでファンタジー小説のようだが、事実なのだ。少なくとも、コノハの時代においては。

《こちらこそ、信頼して伝えてくれて、ありがとう。今は混乱してて、理解するのに時間かかりそうだけど、でも、読み返して大切にする》

《次は、カズキさんのお話、聞かせてくださいね》

《そんなすごい話とか、何もないけど》

《それでいいです。ありがとうございます。では、おやすみなさいませ》

《おやすみ。ミコさんも、おつかれさまでした。貴重な話、感謝山盛ベリーマッチ。また明日!》
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