第57話

文字数 1,187文字


 親の部屋から出たカズキが、歯磨きとトイレを済ませて部屋に戻ると、スマホにメール着信があった。

《カズキ君、こないだは、ありがとうね by 美琴》

 その一行を、カズキはしみじみと見入ってしまった。
 なんか、美しい。
 すっきりとした、ピュアな心象。
 大人の乱れきった世界とは、根本的に何かがちがう。

《こんばんは、カズキさん、私、コノハにかわりました》

《ちょうどよかった、コノハにギター報告するよ。ひさびさにギターのレッスン受けてきた。昔の先生の紹介だけど、めっちゃきびしい人だった。緊張しまくった》

《大変ですね、私が直接はげましの声をかけられたらいいのに》

《メールでも十分ありがたいよ。それにしても、その先生、僕が弾いたら、なんて言ったと思う? いきなり「ムリじゃないか?」だって》

《それはひどいです》

《ホントにね。きびしい人だといううわさは聞いていたし、国際コンクールで入賞するほど実力ある人なんだけど》

《音楽って、ただ聞くと、美しいだけですけど、演奏するのは難しいことなのでしょうね》

《まあ、本当の天才は違うかもしれないけど、普通はみんな苦労して登るんだと思う。でも「かならず弾けるからがんばれ」とも言ってくれた》

《立派な先生ですね》

《自分にはもったいないくらい、というか、明らかにもったいない》

《そんなこと言わずにがんばるのです。そして、いつかぜひ聞かせてください》

《そうだね。もう夏休みだし》

《カズキさん、私、少し、早く去ることに、なるかもしれません》

《どういうこと?》

《気持ちが切れることが多くて、あちらの身体が弱っているようです》

 カズキの胸が痛む。

《若いんだし、がんばろうよ!》

《もう長くないかもしれないです。だから、わがまま言ってもうしわけありませんが、できれば早く聞かせてほしいです》

 自分の願望をかくさずに書くコノハは珍しい。

《じゃあ、うちの高校、来る?》

《男子校ですよね?》

《夏休みだし、それに「妹です」とか言えば誰も問題にしないと思う。そもそも男子校に出入りチェックとかないし》

《そこに行ってもいいのですか?》

《いいよ。なんなら、文芸部の仲間にも会ってみる?》

 あまりおすすめはしないけど……と、ひと言つけたし忘れたことをどうしようか考えているうちに、即返事。

《ぜひ!》

 返事が来てから、カズキは気がついた。
 これって、墓穴なのでは?
 部の仲間のことなんて書かなければ、もしかしたら、夏休み中の誰もいない部室で、ひっそりと、大人の初体験もありだったのでは?
 何をどうしちゃうと、ああなるのか、いまいちよくわかってないけど、わかってないなりに、わかることもあるし。
 いや、高校では、ダメだろ。
 状況がゆるしても、心がゆるさない。
 あんなところでそんなこと、よくないっす。
 絶対、ダメっす。

 しかし……

 するならば どこでしたら いいのやら by 海和香月
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