第49話

文字数 1,845文字


 夏休みのはじまり。
 開放感。
 蝉の声。
 日ざしと影、痛いほどのコントラスト。

 カズキは一学期最後の授業が昼で終わると、すぐさま市立図書館に向かった。
 調べ物をいっしょにしたいと、美琴からの誘いだった。
 
「ごめん、送れて」
 カズキが汗だくでロビーに入ると、椅子に座ってスマホをいじっていた美琴が立ち上がった。 
「ありがとう、きてくれて」
「でも、ヘンな感じだよね、学校終わってすぐ図書館で勉強を始めるなんて」
「私たちらしいじゃない?」
「そうかな?」
「真面目ですから」
「そこまで言われると、つっこみたくなる」
「どうぞご自由に。大切なのはコノハに関する調べごとだし」
「確かに。ところで、悪いんだけど、僕は終業時の掃除当番に当たって、昼食べてないんだ。先に少し、食堂、行っていい?」
「地下だっけ?」
「そう。安くて美味しいはず」
「知ってるの?」
「昔、戦術会議でよく使ったからね」
「は?」
「大統領補佐官を護衛するときとか」
 美琴はクスクス笑った。
「その妄想、私の病気以上ね」
「はい。そこだけは負けないように本気出しております」
「さあさあ、アホなこと言ってないで、それなら早く食べに行こう。時間ないよ。真面目な話、今日は調べること、てんこ盛りなんだから。汗、ふく?」
 美琴がさしだしたハンカチに、カズキはとまどう。
「あ、いや、いいよ。汚しちゃ悪いって。こんなこと考えるのはヤボなのかもしれないけど、拭いてどうなるってレベルじゃないし」
「いいから」
 煮え切らない反応のカズキに、美琴は勝手に手をのばして彼の額やもみあげの下の流れる汗をぬぐった。
「ハンカチなんて、そのためにあるんだし。実用品だよ。飾りじゃないんだから」
「す、すみません」
「コノハもいるんだから。しっかりしてよね」
「あ、そうか……」

 そう……そもそも今日は二人だけのデートではないのだ。
 カズキを「好き」なコノハもいっしょ。

 清潔ながら地味な地下食堂で、カズキはカレーを選び、美琴はカップの自販機でコーヒーを買った。
「もう一度確認するけど、今日の目的は大きく二つよ」
 と美琴は真面目に言った。
「うむ」
「ひとつは兎内村のヒントになるような地方資料を探すこと。もう一つは、コノハが興味ある戦争資料を”書籍”で調べてみること」
「コノハが興味がある方は、ミコさんが本で読んでいけばいいんだよね?」
「基本的には、イエス。ネットで勉強してきたから、おおざっぱな流れはもうコノハも理解してるんだけど、それ以上の何かを期待してる」
「コノハって、それをむこうに持ち帰りたいのかな?」
「それはない」と美琴は首を振った。「時空を越えて飛んだ意思は、戻るときには記憶がなくなるんだって。私たちのことも、帰ってしまえば、コノハは思い出せない。それは、実証されている」
「実証……そっか。いろいろあったんだな。しかし、だからこそ、大切にしてあげたい」
「うん。そして、その大切にされた何かは、記憶としては消えても、かならず心に痕跡を残すはず。たとえば、幼いときに口にした飴のように。それが何かは思い出せなくても、飴をなめたときのなつかしい味覚は心の底に残っている」
「それも、コノハの言ったこと?」
「今、言ってる」
「え?」
「いや、ごめん。これはコノハの台詞じゃないけど、考えは今も伝わってくるからね。つまり、そういうこと」
 カズキはホッとして「いっしょにいる、ってことだね、コノハも」と微笑んだ。
「なによ。うれしそうじゃない?」
「いや、べつに、そういうんじゃないけど」
「君、女子から告白されたの、初めてだったりする?」
「ままままま、まあそうですが。なにか問題でも?」
「女子から告白。その重みは? 1.よくあること 2.極めて深刻 3.さぐりをいれている。どれ?」
「えっと、なんていうか、まあ、いちおう、2」
「ぶぶー。ハズレです」
「ちがうのかよ」
「ただ、好きなのよ、君が」
 美琴は客観的に語ったつもりだった。コノハの心象として。しかし言ってしまうと、美琴自身が急に真っ赤になってしまった。
「ちょっと、バカなかんちがいしないでよ。これはあくまでコノハのことですからね。私じゃなくて」
「了解っス」
 美琴は横を向いて冷めたコーヒーをすすり、カズキは嬉しそうにカレーの残りを食べきった。
「いずれにしても、できるだけのことはするし、大切にする。たとえそれが炎天下の畑で雑草を取る仕事だって、ミコさんとなら最高だから」
「それ、めちゃんこ暑そうな例えね」
「幸い今日は涼しい図書館、がんばろー」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み