第6話
文字数 1,491文字
中学に入学したてのころ、美琴は『動じない自分』であろうと意識していた。
たとえば、クラスでいじめを受けていた中国系ハーフの友だちを積極的にかばったのは、善意のヒーローになりたかったわけではなく、ただ目の前で行われているいじめ行為で混乱する自分の内面を、自分で認めたくなかったからだった。
リスクの高い行動のわりには、シンプルな理由。
それが可能だったのは、じつは理由があった。
美琴は小学生時代にピアノコンクールに挑戦し、県大会で入賞するほどの成績を残していた。その経歴から「親が名家、教育関係に顔が広い」とうわさされ、悪意あるクラスメートたちから手出しされにくい雰囲気があったのだ。
しかし、中一の終わりごろ、クラス内でも特に胸が目立つようになっていた美琴を、男子四名が男子トイレを連れ込んだ。
むりやり手を引いて引きずり込んだのではない。
数名で美琴の前や、横をふさぎ、ふざけながら。
「なんかオレ、今日はここに立ちたい気分」
「立つのは自由だよな」
「しかたがないな、立ちたいんだから」
「ちょっと、どいてよ」
「どいてって? まあ、動けってことなら、動こうか、しかたがないな」
「オレも」
「オレ、トイレ行きてえや、行こうぜ」
「だな、ごめん、美琴ちゃん、みんなトイレにいきたいらしいからこのまま行こう」
「さわらないでよ」
「いやいや、オレたち好きでさわってねえから。トイレに行きたいって言うから移動しているだけ」
「おまえもさわられたくなかったらいっしょに行けばいいだけ」
「そうそう」
「こうなったら一蓮托生だ、美琴ちゃんもおしっこしたいよな、人間なんだから」
「遠慮しなくていいよ、なんでもしていいよ、うひひひひ」
いたずらではしゃぐ小学生のように男子たちが笑う。しかし美琴が抗おうとすると、強じんな筋肉がさえぎってくる。
そのまま男子トイレに連れ込まれる。
とたんに男子たちの欲望が爆発した。
「前からさわりたかったんだよ、けっこう胸でかいよな、おい」
「うん、たしかに中身たっぷりだわこれ」
「ばか、なに律儀に感想のべてんだよ」
「テッシュくれテッシュ」
男子たち爆笑。
「全部脱がす?」
「さすがにそれって犯罪じゃね?」
「じゃあ、自分で脱がせばいいな、ほら、手伝ってやるよ」
「そりゃそうだ、美琴ちゃんが自分でボタン外したんなら、オレたちがやったんじゃねえってなるもんな」
「ほらほら、早くしないとおしっこ漏れちゃうぞ」
「ぬげぬげ」
なんだろう、この人たち。
なぜ神は、このような者たちに、私よりも力の強い筋肉をさずけたのだろう。
それとも、むしろ問題は、私にあるのでしょうか。
学ぶべきことがあるなら、学びます。
しかし、学校のトイレでレイプするのだけは止めてください。
そんな美琴の声は、幸いにも、神に通じた。
欲望が爆発していた男子たちは、トイレの中が完全に無人かどうかを確認していなかった。じつは奥の個室で便器に腰掛けていた生徒が一人いた。彼はスマホから小声で警察に通報し「サイレンが聞こえると逃げるので静かに来てください」と念を押して伝えた。
複数のパトカーが素早く到着し、教師たちが駆けつけた。
服を半ば脱がされた美琴は、婦人警官に保護された。
男子たちは逃げる間もなく捕まり、警察に連行された。
「オレたち、なにも悪いことはしていませんよ、美琴ちゃんといっしょにトイレにいっただけで、あいつが服を脱ぎたいって言うから少し手伝ったりしてやっただけで」
「手伝っただけなのに、何でオレたちがつかまるんですか、おかしいでしょそんなの」
「痛いっすよ、ただの遊びなのに、おまわりさん、関係ないっしょ」