第18話
文字数 2,178文字
「僕も、同じでした」
「同じって?」
「”あいない”、ですよね。すすめられましたよ、部長から強引に」
「部長?」
「はい」
ギターが上手い”おでん男子"は、子供のように目を輝かせ、さらに共通話題が増えた喜びをかくさなかった。
しかし美琴は混乱した。
「部長って、でも、君、ギター部はない、って、言ってなかったっけ?」
「ギター部がないのは本当なんですが『名前だけ貸して』と言われて、春の新クラスで、たまたま前の席のやつから強引に勧誘されて」
「何部?」
「文芸部」
「ぶんげいぶ?」と美琴は目を丸くした。「どうして? 音楽と全然関係なくない?」
「ですね。廃部の危機ってことで協力したんです。でも、かかわってみると、よいこともありました。部室、自由に使っていいってことで、ギターを置かせてもらってます」
「置くだけ?」
「もちろん弾きます。すでに僕の練習場と化しています。ガンガン弾いて指、疲れました。だから今日もこんな時間」
「なるほど、そういうことか。つまり、お互い、今日は”楽器の練習”だったわけね」
「ですです」
「ははは」
二人は苦笑し合った。
「クラシックギターって、あまり音量は大きくないんですけど、それでも、うちは格安マンションだし、全力で練習できる場所はありがたいです。まあ、親の時間が不規則なんで、やれるときはやれるんですけどね」
「不規則?」
「はい。ぶっちゃけ、うちの父親、警備会社勤務で、夜はあまりいないんです。それはいいんだけど、 でもいるときいるし、昼は寝てるし、寝てなければ、小説とか書いてるし」
「あら、小説家さん?」
「いちおう、そういうふうにも言えますが、売れたのなんか、ほとんどありません」
「じゃあ、むしろ文芸部のほうが、君の本来の居場所なんじゃない?」
「いや、そうじゃないっす」
彼はいきなり強く否定した。
「僕は、もの書きにあこがれたことなんか、ただの一度もありません。ダメです。あんなの絶対ダメ。冗談じゃない」
カズキが本気で否定すると、美琴は小さく頭を下げた。
「ごめん……」
「いや、こちらこそすみません。そもそも文芸部なんかに入ってる自分が悪いんです」
少し気まずい雰囲気。
美琴は、フォローしたくなった。
「ねえ、君がギターやるようになったのはいつ? なにかきっかけがあったの?」
美琴の問いに、カズキは軽く肩をすくめた。
「うち、以前住んでいたところ、ギター教室が近かったんです。めっちゃ平凡な理由で申し訳ないけど。まあ、ありきたりの習い事もなんなんで、ちょっとかわったこと、って希望したのが始まり。でも、だんだん弾けるようになってくると、ズブズブ、っとね。それに……」
「ん?」
「かっこいい楽器って、バイオリンとか、チェロとか、いろいろあるけど、音がでかいじゃないですか。どこでも練習ってわけにはいかないと思うけど、クラギは、そこがね、音、小さいんで」
「で、君は、なにを目指しているの?」
あらためて質問されると、急に困るカズキだった。
「よくわからない。ただ、うちの親は『地球の平和を守るため』って仕事いってますが」
「がんばってらっしゃるのね」
「いや、がんばっては、いないと思う。はっきり言って、がんばってはいない。好きなことやってるだけ。実家の遺産入ったら、離婚して、会社辞めて、パソコン新調して、引っ越して、警備員なんかはじめて、売れない小説書いて。めちゃくちゃバカだけど、でも、なんていうか、ひとつ言えると思うのは、『好きなことに向かって頑張ってる』って、それは、まあ、わかるんです」
「好きなこと、か……」
「しゃべりすぎですね、自分のことばかり。なんか初対面なのにすみません」
急に礼儀正しく居を正す彼に、美琴は素直に笑みを浮かべた。
「ねえ、ひとつ、ヘンなこと言っていい?」
「ヘンなこと?」
「君は、好きなこと、を”好き”っていうのが、なんか、いいね」
「ほへ?」
「ウソがない感じがする。さっき聴かせてもらったギターみたいに」
「は、はあ……」
「私、それっていいことだと思う」
「あ……ありがとうございますっ! そうっすよね、いいことですよね、マジで」
いきなり男子は大喜び。
美琴は、そこまでのつもりじゃないんだけど、と顔がひきつった。
車内に「まもなく停車します、次は……」とアナウンスが流れ、減速が始まった。
「あ……私、乗り換えだから、降りるね」
「僕はこのままです、すみません」
「いや、あやまらなくていいよ」
そのとき、美琴の目に、窓の外から沈みかけの赤い光が届いた。
心に熱が広がる。
経験のない不思議な熱。
意味なんてわからないけど。
出会いとはこういうものなのか……
やがて電車が止まり、コンプレッサーの音とともにドアが開いた。
美琴が足を踏み出す。
「じゃあ、私はここで」
「ピアノ、がんばってください」
「君こそギターがんばって」
「ありがとうございます」
「あと、文芸部も」
「ははは」
「じゃあね」
二人とも、お互いの名前を聞きそびれていた。
美琴はホームに立ってから、気がつき、ふり返ったが、もうドアは閉まっていた。
行ってしまう列車。
しかし、不思議と、それでいいと思った。
「行かないで」と頼んでも、兄は、行ってしまった。
しかしこれはきっと頼まなくても、行かないタイプの何か。
そうでしょ?
ギターの音、いつか生で聞かせて。
「同じって?」
「”あいない”、ですよね。すすめられましたよ、部長から強引に」
「部長?」
「はい」
ギターが上手い”おでん男子"は、子供のように目を輝かせ、さらに共通話題が増えた喜びをかくさなかった。
しかし美琴は混乱した。
「部長って、でも、君、ギター部はない、って、言ってなかったっけ?」
「ギター部がないのは本当なんですが『名前だけ貸して』と言われて、春の新クラスで、たまたま前の席のやつから強引に勧誘されて」
「何部?」
「文芸部」
「ぶんげいぶ?」と美琴は目を丸くした。「どうして? 音楽と全然関係なくない?」
「ですね。廃部の危機ってことで協力したんです。でも、かかわってみると、よいこともありました。部室、自由に使っていいってことで、ギターを置かせてもらってます」
「置くだけ?」
「もちろん弾きます。すでに僕の練習場と化しています。ガンガン弾いて指、疲れました。だから今日もこんな時間」
「なるほど、そういうことか。つまり、お互い、今日は”楽器の練習”だったわけね」
「ですです」
「ははは」
二人は苦笑し合った。
「クラシックギターって、あまり音量は大きくないんですけど、それでも、うちは格安マンションだし、全力で練習できる場所はありがたいです。まあ、親の時間が不規則なんで、やれるときはやれるんですけどね」
「不規則?」
「はい。ぶっちゃけ、うちの父親、警備会社勤務で、夜はあまりいないんです。それはいいんだけど、 でもいるときいるし、昼は寝てるし、寝てなければ、小説とか書いてるし」
「あら、小説家さん?」
「いちおう、そういうふうにも言えますが、売れたのなんか、ほとんどありません」
「じゃあ、むしろ文芸部のほうが、君の本来の居場所なんじゃない?」
「いや、そうじゃないっす」
彼はいきなり強く否定した。
「僕は、もの書きにあこがれたことなんか、ただの一度もありません。ダメです。あんなの絶対ダメ。冗談じゃない」
カズキが本気で否定すると、美琴は小さく頭を下げた。
「ごめん……」
「いや、こちらこそすみません。そもそも文芸部なんかに入ってる自分が悪いんです」
少し気まずい雰囲気。
美琴は、フォローしたくなった。
「ねえ、君がギターやるようになったのはいつ? なにかきっかけがあったの?」
美琴の問いに、カズキは軽く肩をすくめた。
「うち、以前住んでいたところ、ギター教室が近かったんです。めっちゃ平凡な理由で申し訳ないけど。まあ、ありきたりの習い事もなんなんで、ちょっとかわったこと、って希望したのが始まり。でも、だんだん弾けるようになってくると、ズブズブ、っとね。それに……」
「ん?」
「かっこいい楽器って、バイオリンとか、チェロとか、いろいろあるけど、音がでかいじゃないですか。どこでも練習ってわけにはいかないと思うけど、クラギは、そこがね、音、小さいんで」
「で、君は、なにを目指しているの?」
あらためて質問されると、急に困るカズキだった。
「よくわからない。ただ、うちの親は『地球の平和を守るため』って仕事いってますが」
「がんばってらっしゃるのね」
「いや、がんばっては、いないと思う。はっきり言って、がんばってはいない。好きなことやってるだけ。実家の遺産入ったら、離婚して、会社辞めて、パソコン新調して、引っ越して、警備員なんかはじめて、売れない小説書いて。めちゃくちゃバカだけど、でも、なんていうか、ひとつ言えると思うのは、『好きなことに向かって頑張ってる』って、それは、まあ、わかるんです」
「好きなこと、か……」
「しゃべりすぎですね、自分のことばかり。なんか初対面なのにすみません」
急に礼儀正しく居を正す彼に、美琴は素直に笑みを浮かべた。
「ねえ、ひとつ、ヘンなこと言っていい?」
「ヘンなこと?」
「君は、好きなこと、を”好き”っていうのが、なんか、いいね」
「ほへ?」
「ウソがない感じがする。さっき聴かせてもらったギターみたいに」
「は、はあ……」
「私、それっていいことだと思う」
「あ……ありがとうございますっ! そうっすよね、いいことですよね、マジで」
いきなり男子は大喜び。
美琴は、そこまでのつもりじゃないんだけど、と顔がひきつった。
車内に「まもなく停車します、次は……」とアナウンスが流れ、減速が始まった。
「あ……私、乗り換えだから、降りるね」
「僕はこのままです、すみません」
「いや、あやまらなくていいよ」
そのとき、美琴の目に、窓の外から沈みかけの赤い光が届いた。
心に熱が広がる。
経験のない不思議な熱。
意味なんてわからないけど。
出会いとはこういうものなのか……
やがて電車が止まり、コンプレッサーの音とともにドアが開いた。
美琴が足を踏み出す。
「じゃあ、私はここで」
「ピアノ、がんばってください」
「君こそギターがんばって」
「ありがとうございます」
「あと、文芸部も」
「ははは」
「じゃあね」
二人とも、お互いの名前を聞きそびれていた。
美琴はホームに立ってから、気がつき、ふり返ったが、もうドアは閉まっていた。
行ってしまう列車。
しかし、不思議と、それでいいと思った。
「行かないで」と頼んでも、兄は、行ってしまった。
しかしこれはきっと頼まなくても、行かないタイプの何か。
そうでしょ?
ギターの音、いつか生で聞かせて。