第22話

文字数 2,752文字

 通算三度目の再会。
 おそらく後から乗ってくるカズキが、何本か列車を見送り、わざと美琴がいる車両に乗って来てくれていることは、美琴も察しがついていた。
 その律儀な行いを、喜ぶべきなのか、警戒するべきなのか、判断しかねながらも、しかしそんな内情はすっ飛ばして、美琴はギター男子を前にするなり、いきなり質問を口にした。
「今日は部長氏は?」
「用があるって先に帰りました。おかげでギター練習しほうだいでした」
「ねえ、カズキ君……、”カズキ君”でいいんだよね?」
「はい。僕はカズキ、あなたはミコさん」
「オーケー。いきなりで悪いんだけど、こないだ部長氏が言っていた神さまのお告げのこと、もう少し詳しく知りたいんだけど、いいかな?」
「え……ええっ? よりによって、その話ですか?」
 彼は心の底から意外そうな顔をした。
 美琴としてはそれも想定していたことだった。
「そう。その話」
「てっきりあなたを不機嫌にしたものかと」
「不機嫌といえば、まあそうだけど、でも、知りたいことがあるのは、本当なの」
「正直、おすすめはしませんが……」
「もちろん、うさんくさいのは私も感じてた。でもね、全てがうさんくさいとは決めつけられない何かが、やっぱり関わっている気がしてしまう」
「まあ、いいですよ。ご希望であれば、知っていることはなんでも話します」
 彼が少し落胆しているようなので、美琴はあわて付けくわえた。
「ごめん。事情があるの。それは、またあとで説明する。とりあえず、聞かせてくれる? そこはオーケー?」
「オーケーです、もちろん」

 美琴の中で、何かが始まっていた。
 講堂でプレイエルを弾き始めたときから。
 今日の練習でも、あのピアノを弾くと涙があふれてくる。
 胸に悲しみが突き上げてくる。
 それが何かは、わからない。
 もちろん、兄の死や、中学時代のトラブルとの関わりもふくめて、考えられそうなことは可能な限り考えつくした。
 しかし、それだけでは、どうしても説明がつかない何かが、切実に迫ってくる。
 それに、あのリアルな死臭と、乾いた冷たい風。
 また精神薬が必要になってきたのかもしれない。
 学校どころか、電車すら乗れず、嘔吐し、睡眠不可能な日々に戻ってしまうのだろうか。
 唯一、部長氏の神さまの話に、なんらかの出口ととれる関係性を感じた。表面的にはただのナンパ口上だったのかもしれない。が、それだけでは終わらないと感じる何かが、美琴の側にあった。
 電車で男子高校生と親しくなったことも、そのむこうにあるなんらかのメッセージを伝えるためのメッセンジャー、ということもあるかもしれない。
 そんな思考も不思議とはならないほど、美琴がプレイエルから受けとるイメージは、リアルで強烈なものだった。

 カズキは、片手で吊革につかまり、誠実に語った。
「まず、そもそも夢は、部長が見たもので、僕が見たものではない。だから、詳しいことはわからない、ということをまず」
「わかってる」
「ただ、あのあと、いろいろ話はしてくれたんです。だから、説明することはできると思います。そんな感じでいいですか?」
「いいよ」
「あと、ミコさん、どうか『気を悪くしないで』聞いてもらえますか?」
「どういうこと?」
「たぶん、全部聞くと、そういう感じになると思います。でも、お願いだから、怒らないでください」
 一瞬、美琴は心の内が見透かされたのかと感じた。が、やはりそうではなく、彼には彼なりの理由があるようだ。
「わかった。いいから続けて」
「これ、めっちゃ恥ずかしいし、怒られそうだし、でも、何かを取りつくろって、一部分だけ説明するってことは、できなさそうです。だから、基本、すべてを話します」
「ありがとう、お願い」
「でも、ホント、気を悪くするのだけは、なしでお願いします。ていうか、悪くしないのはたぶん無理なので、なるべく悪くしないように」
「くどい。女に、にごんはないのじゃ」
 キリッとした眼差しをする美琴の顔を見て、彼は話し始めた。

「本当は、あの夢、だいぶ前に見たものだそうです。神さまが枕元に現れて、友人にちょっかい出すのじゃ、ってやつ。ちょっかいというのは、まあ、友人のだれかが、どこかの女子に関係を求めるようなことをうながす、というか、せっつくようなことを、しろってことですね。あいつ、タダスケはそう解釈した。で、ラブレターをねつ造したわけです」
「ラブレター?」
「そうです。すみません」
「なんで謝るの?」
「だって、つまり、ここ、話が込み入って申し訳ないんですが、あいつには、姉がいるんです。もしかしたら、ミコさんも知っている人かも」
「どうして私が?」
「グラビアアイドルなんですよ。MIISA(ミイサ)。最近、写真集を出して、少しは漫画誌に載ったりもしています」
「ごめん、悪いけど、さすがにそれは知らない」
「ですよね、すみません。ただ、この人が、また、すごい、いたずら好きで、弟の夢のお告げに協力して、いかにもそれ風の悩みまくったラブレターをでっちあげた、ってわけです」
「はあ……」
「で、それをですね、よりによって、可愛い封筒に入れて、郵送しやがったんです」
「だれに?」
「僕に」
「で?」
「ゴールデンウィークに、郵便が届いたんです。何の心当たりもない、でも、明らかに私的な手紙。通信教育の広告とかじゃないやつです。匿名の女子からの手紙でした」
「は、はあ……」
「内容、想像できます?」
「ごめん、さっぱり」
「『あなたのこと、いつも遠くから見ています』みたいな。誰からだろう、って考えましたよ。でも、心当たりがない。そりゃあ、身近な人っていう設定だったら、すぐにいたずらと気がつきますけど、遠くからだったら、本当に見ている人がいるかもしれないじゃないですか」
「はあ……」
「いや、もちろん僕だって、そんな話あるわけない、ってまっさきに思いましたよ。中学時代の女子の知り合いはいますが、そのなかにこんな手紙をよこすような相手がいるとは思えなかったし、高校は男子校だし。まあ、万が一、百万が一にも『男子から来た手紙』という可能性すら、いちおう考えました」
「考えたの?」
「はい。でも、やっぱ、字の書き方が女子です。どう考えても、女子から送られた手紙。女性のだれかが、実際、そういう手紙を送ってよこしたんです」
「えっと、まあ、私も、君を遠くから見ている人がいるかもしれないってことについては、否定はしないよ。でも、わからないのは、どうして、それで私が不機嫌になるの? 私となにか関係ある?」
「そう、それで、です。僕は考えたんです。唯一の心当たり。これはもしや、列車の中でみかける、あの他校のすてきな人からじゃないか、と」
「あの人?」
「ときどき指を、ピアノを弾くみたいに、動かす人」
「……はあ?」
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