第24話

文字数 2,132文字

「そう、それで、です。僕は考えたんです。これはもしや、列車の中でよくみかける、あの人からじゃないか、と」
「あの人?」
「ときどき指を、ピアノを弾くみたいに、動かす人」
「……はあ?」

 さすがにその意味を理解するのに、美琴は数秒の間が必要だった。

「つまり」と、美琴はせきばらいをしてから続けた。「君が、ゴールデンウィーク中に謎の女子からラブレターをもらい、その送り主が、電車の中で見かける他校の女子と考えていた、と?」
「ごめんなさい、ほんと、すみません、ただの男子の妄想です」
「で、それが、私だ、と?」
「だから”怒らないで”ってお願いしたんです。これは完全にバカな妄想です。根拠も何にもなくて、願望だけの。ただ、あの人からだったらうれしいな、と、勝手に想像していただけ」
「つまり、それって、私が君にラブレターを送った、ってことよね?」
「そそそそ、そんな、はっきり確認しないでいただけたらと。まあ、そういう可能性を、願望をこめて、思考していたってことで……」
「いやいや、いくらなんでも、それはないでしょ」と美琴はあきれて首を振った。「だいたい私、君の名前も知らなかったし、住所なんかもっと知らないわよ」
「今どき、コンピューターで調べればなんとかなるかな、と……」
「なるの? ならないでしょ。むしろその方が恐ろしいんですけど。そもそもしおりを拾ってもらうまで、私は君のこと、知らなかったし」
「ですよね。すみません、だから、妄想なんです、ぜんぶ」
「つまり……」と美琴は疑いの目で彼を見た。「君は、偶然私が落としたものを拾って話しかけてくれたのではなく、じつは最初から、身代金目的の犯行だったと?」
「あ、いや、そういう、遊ぶ金ほしさ的なやつではなく」
 美琴は、こみ上げそうになった笑いをぐっとこらえて、婦人警察官のような尋問を続けた。
「でも、近づこうとして、近づいたのは本当なのね?」
「ま、まあ、そういうことになります、すみません」
「やれやれ。なんなのよ、これ」
 美琴は厳しい目をして腕を組んだ。
「やっぱ、怒りますよね」
「あたりまえでしょ」
 美琴はきつく言った。
 そして、急に我満が限界に達して、笑った。
「私、いきなり話が合うから、おかしいと思ったよ。ちゃんと君は私のことを見ててくれてたんだね」
「あ、いや、ただ、ピアノを弾く人だな、くらいは」
「それで十分だよ。なんか、男子ってかわいいな」
「す、すみません」
「ねえ、私と、遊ぶ?」
「え……」
「うそうそ。ただの歳上ジョークよ。で、君は、そのラブレター、どこまで本気で信じてたの?」
「信じたというより、可能性に期待していた、というか……。手紙が来たのは本当だし。でも、先週、あの後、全部、聞きました。やっぱり、ただのいたずらでした」
「ほら」
「すみません」
「あやまらなくていいけど」
「あいつ、部長のタダスケの家って、開業医なんですよ。安藤整形外科っていって。そこに集合ってことになって。ま、会議ですよね。海和香月の今後に関して。よけいなお世話だけど、わかるでしょ? 女子もよくそういうことしませんか?」
「そういうこと?」
「いわゆる……、いや、すみません、やっぱり、言えません、これだけは」
「なに?」
 と、美琴がにらむ。
 カズキはすまなそうにつぶやいた。
「コイバナ」
 するとカズキ以上に、美琴が一瞬で赤面してしまった。
「ななななな、何それ、バカじゃないの」
「すみません。で、文芸部員として集まって、さらに部長の姉も話に混ざってきて、そして、いたずらだった事実を知ってしまったわけです……」
「グラビアのなんとかって人が書いたのね?」
「そう。まあ、もともと部長の神さまの夢から来た話だとはいえ、ひどいですよね。ひどすぎです」
「つまり、もてあそばれてしまった、ってことね」
「そうですね」
「なるほど……」

 ふと、美琴は息をのんだ。
 思わず手すりをつかんだのは、車両が揺れたからではない。
 身体が内側からガクンと揺れた。
 彼女の中の半分が、何かを強く訴えていた。
 やはりこれ、神様と関係がある……

「ねえ、君は、バッハを弾くって言ったよねも、ギターで」
「はい、いちおう」
「何を感じる?」
「いろいろ。一言では言えませんが、どうして?」
「私、こないだ、感じたの」
「何を?」
「人の死の臭い」
 いきなりの重い話題に、カズキは息を呑んだ。
 美琴は減速が始まった車窓に目を向けた。
「それが、本当に辛くて。逃げたいけど、もう、たぶん逃げられない」
「それも、もしかして、妄想?」
 カズキの問に、美琴は自虐的に苦笑した。
「私、中学で色々あって、精神科に通ったこともあった。薬をもらったけど、何回か飲んだだけで、全部捨てた。勢いよく、全力で、ありったけの力で、ゴミ箱にたたきつけた」
「はあ……」
「いやなの。誤魔化したくない」
 美琴は自分に言い聞かせるように強く断じた。
 何かが宿ったような美琴の目を見たカズキは、恐れすら感じ、言葉を失った。誠実に対処したいのは山々だったが、それをどう言葉にしたらいいかわからない。

「ねえ、カズキ君」
「は、はい……」
「わるいけど、このあと、時間ある?」
「急ぎの用はありませんが」
「じゃ、少しお茶しようか。いい?」
「あ……は、はい。ぜひ」
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