第37話

文字数 2,308文字

 
 精悍なユタロウが自牌を眺めながらつぶやいた。
「もう一人の部員って、音楽やってる人だったのか……」
 彼もカズキと逆の立場で、同じようなことを考えていたのだった。入るべき部活がないから、文芸部へと誘われた、と。
「まあ、中学までは、わりと本気だったけど、さすがにもうね。続けてはいるけど」
 とカズキは他人事のようにさらっと応えた。
「音楽の、何だっけ?」
「クラシックギター」
「そっか。しかし、続けているなら、高みを目指してみろよ」
「たたたた、高み?」
「ああ。まだ高二だぜ。あきらめるのは早いだろ。こんなこと、ハンパボクサーの自分が言うのもなんだけど」
「たしかに。ユタロウみたいなスポーツマンにそう言われると、なんかそうするべきって気もしてきた」
「で、音楽で、高みというとなんだ?」
「コンクールかな。クラシックギターのコンクールは、いろいろあるよ」
「やれよ、オレ、応援してやるぜ」
「はあ……」
「君たち」と部長。「ここは文芸部だぞ。話題がちがうだろ。本を読んで、作文しようぜ」
 ユタロウは苦笑して「まあ、入ったからには少しはやってやる気ではいるよ。少しだけどな」と言った。
「文芸は、何を含んでもいい。ボクシング文学があってもいいし、音楽文学があってもいい」
「便利だな。いや、じつはオレ、文化部って、けっこうあこがれててさ。とりあえず国語の授業は真面目に受けるようにするよ。文芸って、やっぱ、かっこいいよな」

 いや、ボクシングのほうが100万倍かっこいいと思います、とカズキは苦笑。

「授業のほうは、まあ、てきとうでいいかもしれんが」とタダスケ。「でも、芥川龍之介とか、中島敦とか、授業で名作に触れられるのは悪くない」
「二年の教科書の後半に」とカズキが割って入った。「泉鏡花も入ってたよね、あれ結構好きな作品」
「おお、渋いね、カズキ君」
「ちょっと、君たち」とミイサ姉。「文芸部だからって調子に乗ってないでね。私にわかる話をしてちょうだい」
「姉ちゃんは小説読まないもんな。でも、そろそろ読み始めておいた方がいいかもよ」
「なんでよ?」
「女優の仕事が来るかもしれないじゃん。台本渡されて、読むのめんどくさ、じゃ話にならないだろ」
「確かに」
「ていうか、今までそういう仕事、なかったんですか?」
 カズキの問いに、ミイサ姉は人差し指を唇に当てて小首を傾げた。
「あったような気もするけどー、どうだろうー。たしかー、『台詞はない役』だったなー」
「じゃあ、しっかり、お勉強ですね」
「えー、めんどいのは苦手よ、私」
 そのだらしない発言に、カズキは背筋を伸ばして姿勢を正した。
「あのねぇ、ミイサさん、僕が事務所の社長なら、本気説教するところですよ、それ」
「あ、でもね、私、演技の才能なら、ないわけじゃないとは思うんだ」
「はあ?」
「いつも遠くから見ています、突然こんなお手紙を差し上げてもうしわけありません、ご迷惑とは思いますが、どうしても伝えたくて。匿名少女」

 このバカ女、なに暴露してるんですか!

「演技というより、悪魔の所業ですね、それ」
「そう? 演技なんて、しょせん、そんなものよ」
「いいえ。ちがうと思います」
「カズキ君のいじわるぅ」
「すねてもダメです。いたずらはいたずら。事実は変わりません」
「また、強がっちゃって。本当は、結構、信じて、わくわくしたくせにぃ」
「すみません、また役満ロンです。……ってやりますよ」
「やれるものならやってごらんよ、へいへい!」
「まったく。言っときますけどね、世の中、胸が大きければいいってものじゃないんですよ。わかってますか、そこのところ」
「あらそうかしら、どう、ユタロウ?」
「オレは、大きいは正義と思うね」
「でしょ。結局、そこよね、世の中って」
 
 うぬぬぬぬ……

「ねえねえ、ユタロウ君の彼女ってどんな人?」

 やた。魔女の矛先が新人に。

「自分にはもったいない良い子っすよ。南高で美術部やってます」
「あら、てっきり体育会系かと」
「運動もわりと好きなんですけどね、事情があって」
「事情?」
 この魔女にかくしごとはムリだよ、とカズキはリーチをしながら心の中でほくそ笑んだが、ユタロウはとくに隠すつもりはないらしい。
「あいつ、足が悪くて」
「足?」
「子供のとき交通事故で、左足、膝で切断してるんです」
「あら、たいへん」
「だからかな。守ってやりたくて、ジムに通い始めて、いつのまにかボクシングまで」
「幼馴染だったの?」
「そうじゃないっすけど、中三のときに縁あって、もう二年。オレバカだから、南校落ちちゃって」
 ちらっと見えたユタロウの胸元には十字架のネックレス。引き締まった筋肉質の胸元に、それは反則なほどかっこいい。しかしオシャレでしているだけでなく、恋人のために誠意を持って生きようとしている姿勢が輪をかけてかっこいい。
「どういう縁だったの?」
「オレが試合で負けて落ち込んでたら『私なんか片足ないんだよ!』ってタンカきられて、なんかもう、抱きしめずにいられなかった」
「わぉ、いい話じゃん。今度、連れておいでよ」
 ミイサ姉の明るい誘いに、ユタロウはうなずいた。
「まあ、機会があったら」
「車椅子?」
「いや、普段は義足でサクサク歩いてる」
「だったら、ぜひぜひ」
「ありがとうございます。ていうか、オレよりあいつのほうが文芸部にふさわしいかもな」
「まあまあ、そんなことより、ユタロウの『リャンピン』、ロンしますよ」
 カズキが牌を開いた。
「くそ、カズキ、調子に乗ってきたな。高いのか?」
「トイトイ、ドラ2、素直なマンガン」
「ちっ」と舌打ちして、両手で髪をかき上げるユタロウ。そんなやられっぷりも、不思議なほど、さまになるいい男だった。
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