第35話

文字数 2,382文字


 というわけで、始まってしまいました、安藤整形外科医院麻雀大会。
 タダスケの勉強部屋には、なんと掘りごたつがあったのだ。
 安藤整形外科医院は現代的な明るい建物だったが、その裏に、古い母屋があった。庭には蓮の茂る古池まである。
 そこに麻雀牌を混ぜる音がのどかに響く……

 いきなり初回から大得点チャンスに期待にふるえるカズキだったが、それをあざ笑うがごとく、直前のミイサ姉がタンヤオツモで早上がり。
「あがっちゃったー、ごちー」
「あのぉ、砂で作った城を容赦なくとかしていく波のようなこと、やめてくれます?」
 カズキの苦言に、タダスケが笑う。
「どうしたんだ、カズキ、なかなか文芸部らしい表現じゃないか」
「だって、いちおう文芸部の麻雀だし」
「だよな」と牌をガラガラかき混ぜながらうなずく部長氏。「ところで、さっき七尾優太朗って名前だけ伝えたけど、もう少し自己紹介してみん?」
「オレか?」
 新入部員が問うと、部長はうなずいた。
「そう、遠慮なくどぞ」
「いいよ、オレはべつにそんなんしなくて」
「なんかぁ」とミイサ姉が期待と不安の混じった声。「すごくかっこよくない、新入部員クン? 『ぶんげい』にあるまじき精悍さなんですけどぉ」 
 混ぜた牌を積み、さいころを回して、順に牌をもらっていく。手を動かしながらも、関心が新人に集まる。
「オレ、ボクシングやってるんですよ、アマチュアだけど」
「え、マジ?」
 とミイサ姉は即反応したが、カズキにはそれがどういう意味かよくわからなかった。
「僕、 僕さ?」
 カズキのボケをスルーして、精悍な新人が説明を続ける。
「じつは、プロを薦められてるんだけど、そこまでの自信はなくて」
 彼は、文芸部とは真逆の体育会系、しかも格闘系だった。
「やっぱ、将来のことを考えると、パンチより勉強かな、って。あ、それ、ポンっす」
「勉強かぁ」とカズキは苦笑する。「七尾君、知ってるかな、うちの部長の成績というやつを」
「あ、おれ、ユタロウでいいっすよ。こっちもカズキって呼ぶから。な?」
「は、は……さすがスポーツマン」
「で、成績だっけ?」
「部長の成績、知ってて入部した?」
「いや、とくに」
「一年の期末、学年トップが、今、ここで麻雀をやっているやつ、って信じられる?」
「カズキが?」
「いやいや、部長が」
「まじか。教えてくれ」
「教えるとか、そういうもんじゃないよ」とタダスケ。「ていうか、まぐれ的なものも結構あるし。ごめん、カズキ、そのリャンゾ、ロンだわ」
「はぁ、またあがり? なんなの、ねえ、なんなの!」
 部長の秘密をばらしたとたん、あたり牌を振り込んでしまった。早くも確実に点棒を失っていくカズキであった。

「そういえば、カズキ君の恋愛展望はどうなってるの?」
 と、ミイサ姉がカズキに聞いた。
「点棒ですか? もう7000くらいしか残ってないですよ」
「その点棒じゃなくて、未来への展望。期待ってやつ。ねえねえ、いい感じなんでしょ?」
「なにが?」
「美琴ちゃん」
「……」
 
 誰だよ、この危険人物に大切な名前まで教えてしまった大罪人は!  

「さあ、だれだろう、美琴ちゃんって。よくわかんないな」
「あんた、バッチリ赤くなってるのに、何とぼけてんのよ」
「ミイサさん、もういいから、順番ですよ、早く引いて捨ててください」
「うん……おっと、ちょっと待って、ここは考えどころよ。どれを捨てよう? そうだ……み・こ・と・ちゃん・の・い・う・と・お・り。うん、これだ『北』」
「すみませんが、そういうのやめてください、絶対やめてください、お願いだから」
「やめられないわよ。だってねぇ、私がラブレター書いてあげたんだも〜ん」

 うんうん、とボクサー氏がうなずく。って、なんと、新入部員のあなた、すでに聞いてらっしゃるのですか!

「えっと、先にはっきりさせておきたいのですが、あの人の件について、もうみなさんは知ってらっしゃるのですか? 知ってる人は手を上げて」
 三人が当たり前のように片手をあげた。
「ど、どういうことですか……」
「そういうこと、らしいね」
 しれっと答える部長氏に、カズキは黙っていられない。
「なんなの、ねえ、なんなの!」
「まあ、そのための麻雀大会だし」
「いやいや、新人紹介の麻雀大会でしょ、趣旨が違うでしょ」
「まあ、せっかくだから、全部報告しちゃえよ。オレも、たいして知ってるわけじゃないし。その後の関係とかもさ」
「いやです。絶対いや」
「わがままいってると、またあがっちゃうぞ」
「もう、なんなんだよ。新入部員のユタロウ君、どう思います、この状況」
 とカズキが助けを求めるように問うと、ユタロウは精悍な表情をくずして苦笑した。
「かくすこともないだろ。彼女がいるのは、いいことだと思うよ。いろいろめんどくさいこともないわけじゃないけどな」
「え?」とミイサ姉が食いつく。「君、それ、どういう意味?」
「自分、つきあってる人いるんっすよ」
「あらまあ、安藤家の麻雀に来てくれた男子高校生は、なんと二人ともカノジョ持ちだったという事実!」
「いや、持ってないし」
 ふてくされたカズキだったが、今度の手配はなかなか。いきなりメンタンピン(面前・タンヤオ・平和)のイーシャンテン(テンパイひとつまえ)、これは速攻であがってマンガンいただきましょう、裏ドラ期待……と思っていたやさきに、タダスケがドラの『東』をポンして即あがり。
「悪いね、カズキ、『東』のみだけど、親マンだわ」

 なんなの、もう、なんなの!
 僕なんか、もう点棒ないっちゅうの!

「カズキ、もうハコテンさん?」
 と、ミイサ姉がカズキの手元をのぞき見る。
「はい、残念ながら、そのようです」
「あらやだ、早い、カズキ君、イクの早すぎるぅ」
「ミイサさん、そのエッチな言いかたやめてもらっていいですか」
「下ネタは、業界のたしなみよ、うふ」
「なにが『うふ』だよ……」
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