第39話

文字数 2,664文字

 
 安藤整形外科麻雀大会から帰ってきて、シャワーを浴びて、アイスを食べながら、おやじのパソコンを拝借してネットのアニメでも見ようかな、とカズキが部屋を出ようとしたところで、スマホがメール着信を知らせてきた。
 あわてて自室に戻って姿勢を正し画面確認。

《カズキさん、初めまして。私はコノハ。兎内村のものです。よろしくお願いします》

 ん?

 意味がわからない。
 あわてて確認する。
 アドレスはまちがいなく澤野井美琴本人のものだった。

《自分はカズキですが、そちらは、ミコさんではないのですか?》

《突然、すみません。メールを打ってもらっているのは美琴さんですが、考えているのは私です。コノハといいます》

《つまりミコさんの、中の人ということ?》

 返信に間があった。てっきり「うそだよー、ビックリした?」と返されるのかと予想したカズキだったが、そうはならなかった。

《そうです。過去から、私の意識だけが、こちらに飛ばされて、美琴さんの中にたどり着きました。私も最初、よくわからなくて、美琴さんにも心配させてしまったし、カズキさんにもご迷惑をおかけしたこと、おわびいたします。けれど、カズキさんが試行錯誤されたメールによって、私の存在に気づいていただけました。今では、こうやって私の意思でメールをお届けできるまでになりました》

《つまり、今、ミコさんがメールを打っている。でも、文章を考えているのは、別人であるコノハさん、ということですか?》

《はい、そうです。ですが、私はカズキさんよりもずっと年下なので、そんなに丁寧な言葉づかいをなさらなくても結構です》

 カズキはそこに妙なリアリティを感じた。ミコさんは、こちらが半ば冗談で敬語を使うことに対して、あえてなおそうとしてきたことは一度もない。それこそ、ミコさんなら絶対に書かない内容だった。

《なるほど、姿が見えないと、わからなくて困るね。ちなみに、これからずっといるの?》

《兎内村の状況によると思いますが、1〜2ヶ月は》

《村の名前、書いてくれたけど、知らないし。そもそも読み方もわからないんだけど》

《村の名前は、ウサナイムラです。みなさんの時代に存在しないことは知っています》

 ウサナイムラのコノハ。
 本当に過去から来た意思なのか?
 それとも、このへんでいきなり「やーい、だまされましたね、カズキ君」と急にトーンが変わったりしないだろうか……

《やはり、本当に過去から来た、ということ?》

《はい。私としては、未来に来たということですが。身体をあちらに残して、想いだけがこちらに。あちらは天保の頃でした。正確には天保6年》

 はっきりと年号まで書かれてしまった。しかしカズキは日本史は大の苦手。とくに江戸や明治はさっぱり。
 すぐに棚から歴史年表をとり出して、江戸時代を調べる。てんぽう? だいぶ後ろのほうだ。

《西暦だと1835年。約170年前だね。そんなに大昔でもない。天保と言えば、ずいぶんひどい飢餓があったころでは?》

《そうです》

《こんなこと、安易に質問していいことかわからないけど、大丈夫?》

《ご質問は、歓迎です。私は、事実を、みなさんに知っていただきたいです。可能な限り伝えたいのです。正直、おどろきました。あのすごい事実が、後の世にほとんど伝わっていないなんて。カズキさんも、あまりご存じではないようですし》

《ごめんなさい(≧◇≦)》

《あやまらないでください、カズキさんだけのことではありませんから。私たちの時代の悲惨がすっかり忘れられているのも驚きですが、世の中がすごく変わってしまっているのにもおどろきました。一番おどろいたのは、なんだかわかりますか?》

《電車や自動車など、乗り物のこと?》

《日本が開国し、鉄の時代が来ることや、戦争の時代が来ることは、私たちの先読みの技で察することができました。でも、音楽だけは、まったく想定外でした。音楽って、素晴らしすぎます》

《ミコさんのピアノのことだね》

《最初、どこに飛んできたのかわからない私に、ショパンの曲が聞こえてきたのです。ここは天国なのか、と疑いました。こんなに素晴らしいものに包まれて死ぬのは悪くない、とまで》

 それはショパンもビックリだ。異国で、昔の人に聞いてもらって……いや、むしろ同世代?
 スマホで検索する。
 フレデリック・フランソワ・ショパン(1810年3月1日 - 1849年10月17日)
 天保時代と重なっているじゃないか。

《もう知っていると思うけど、ショパンって、天保と同じ時代に生きていたピアニストだね》

《時代も、場所も、ちがいなんてないと感じてしまいます、音楽の素晴らしさの前では》

《音楽の良さを感じられる君も、素晴らしいと思う》

《ありがとうございます。カズキさんの温かさが、伝わってきます》

 うっ……、この素直な言葉がミコさん本人のものだったら、どんなに嬉しかったことか! いや、メールを打っているのはミコさんなのだから、半分は彼女の言葉と受け取っても問題はないのではないだろうか……

《コノハさんには、この時代にもう知り合いは入るの? ミコさんと僕以外には》

《私のことは、コノハとお呼びください。お知り合いについては、お二人だけです。たぶん、これからもお二人だけになると思います》

《なるほど。ところで、ミコさんと少し替われる?》

《なに?》

 あえて、ぶっきらぼうな返事ですね、わかります。

《替わろうと思えば、替われるんですね》

《そうみたい。でも会話は無理。メールだけ。いろいろ心配かけたけど、でも、コノハはいい子よ。よろしく》

《こちらこそ。ちなみに、コノハがこちらに来た目的みたいなことってあるんですか?》

《自分で聞いて》

 同じ質問をコノハ宛に打ち込みしようとしかけたところで、先に返信が来た。

《目的は、たぶん、二つです》

《説明してもらっていいかな?》

《一つは、私によい体験をしてもらいたいという親心。二つめは、村の技を途絶えさせず伝えること》

 村の技?
 たしかに、何かあるだろうとは察していた……

《しっかりした目的があるんだね?》

《はい。けれども、今夜はもう、ミコさんがお疲れの様子です。続きはまた明日の夜ということで、よろしいでしょうか?》

《そうしよう。ミコさんにもよろしく……で、いいんだよね?》

《はい。カズキさん、お気づかい、ありがとうございます。おやすみなさいませ》

《おやすみ》

《ごめん、カズキ君、連絡。今週末は合唱大会本番なの。しばらく集中したいので緊急以外のメールはそのあとってことで》

《りょ、よい演奏を!》
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