第42話

文字数 679文字

天保6年、西暦1835年。
 昔のこと。
 でも、それほど昔のことでもない。
 飢餓の混乱の中、人が死に、人を殺し、人を食らう。
 コノハの書く文章は、いたって普通で、善良な感じだったが、その内容は、ぶっ飛んでいた。

 もう夜中だったが、カズキはギターをとりだし、ショックを受けた気持ちのまま、ドメニコーニの『コユンババ』を弾き始めた。マンションの隣人のこともあるので、全力演奏は控えながらも、その曲が今は必要と感じて。

 暗譜したはずなのに、すぐにひっかってしまう。
 カズキは、ぼろぼろになったコピー用紙の楽譜を広げた。
 中学時代の最後のコンクールで挑戦した曲。
 その本番では完全に破綻。
 コンクールへの挑戦もそれっきり。
 しかし、今夜は、何かがカズキの中で変化していた。
 コノハの時空を越えた存在の重みが、カズキの中で深い音になっていく……

 『コユンババ』がどういう経緯で作曲されたかものか、カズキは知らなかった。
 だから、主旨はちがうのかもしれない。
 けれども、おそらく大きくはちがわない。

 不遇な悲劇。
 死のループ。

 メールの内容と、音楽に翻弄され、心が走る。
 涙があふれて、鼻水が垂れて、ギターにポタポタ落ちていく。
 そんなもの、落ちるだけ落ちればいい。
 コノハは、とてもよい子なのに。
 なんでだ。
 飢餓とか、人殺しとか。
 肉買いの到着を待った、ってサラッと書くことかよ。
 普通に幸せになれないのは地球のバグか?

 地球よ、聞け。
 この音を、聞け。
 そして、泣け。
 おまえがこの半分でも涙を流すなら、僕は地球をゆるす。
 そしてミコさんの中のコノハも、ゆるされる。
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