第38話

文字数 3,270文字

 麻雀は、半チャン二回で、終了。正確には、カズキがハコテンになった東場ぶんをふくめると合計三回だったが。
 カズキとしては少しやり足りない気がしたが、お肌が気になる女性と、筋肉作りが趣味の男性が混じっていては、こういう不健康なことは二時間程度で切り上げるのが妥当というものだった。
 優勝は、役満で挽回した海和香月。部長からラノベ四巻セットが贈呈された。
「いや、これ、いらないかも……」
「そう言うなって」
「もうちょっと名作っぽいものとかない?」
「ドリトル先生か?」
「子供じゃないんっすけど」
「とにかく、文芸部員としての義務な。おめでとう。そして、二位のオレには、どうしよう?」
「パンチやろうか?」
 とユタロウが提案したが、どう考えてもそれは罰ゲーム。
「なんでパンチよ?」
「当たる程度で寸止めしてやる。格闘シーンとか、書くのに役立つと思うぜ」
「なるほど、それは貴重な体験かもしれんな」
「立って、両手広げてみ」
 言われるままに、たちあがって、降参のポーズをする小太りの部長。
 ユタロウは、立ち上がって身構えると、部長が広げた手の平にかするかかすらないかくらいの寸止めでジャブを打つ。すでに、見えない。
「恐いな」
「大丈夫。そのままにしててくれ。少しだけ当てるから。体感な」
「おす」
 そしてユタロウが寸止めラッシュを始め、最後に決め手のストレートを部長の手の平にちょうど当たる位置で止めて、その先、ゆっくりと振り抜いた。
 一瞬、聞いたことのないような不思議な音が響いた。はじかれた音でも、つぶれたような音でもないし、バットでボールを打ったような音でもない。
「なんか、いま、電気、走った」
 タダスケは呆然とした顔をして、手の平をさすった。
「痛くはなかったろ?」
「たしかに」
「グローブとミットがあればもっとやれるけど、まあ今はこんな感じってことで」
「やばすぎ」とミイサ姉が固まっていた。「見えないのね」
「女の人もボクシングエクササイズってありますよ、やってみます?」
「いや、私、やせることにはあまり興味ないので」
「やせると言うより、胸筋を鍛えると、刺激されて胸が大きくなる」
「本当に?」
「ああ、これはマジっス」
「私、四位だけど、今の二位賞品、私にもやってもらっていい?」
 ミイサ姉はすでに立ち上がっていた。
「え? 女の人にやったことないけど、絶対動かないでくださいよ」
「わかった」
 そしても、また、寸止めラッシュから、あの不思議な音。一瞬、時間が止まったような、重くて軽い振動。
「わ〜お、ありがとう。貴重な体験した」
「カズキも受けるか?」
 とユタロウ。
「え……」
「せっかくだし、部の仲間として、受けとってくれよ、オレのパンチ」
「お、おう……」
 カズキが立ち上がって身構えると、目の前に豹のようなものが立っていた。
 最初に光が来て、次に風が来て、最後に電気が来た。その電気は腕から、身体を通って下半身までとどき、足の爪先にぶつかって焦げた。
「これか……」
「おそまつさま。ま、自分なんかアマチュアだけど、なんか感じたろ?」
 カズキはうなずいた、というか、ここで「いいや、なにも」と答えて「じゃあこれでどうだ」と寸止めではないものが飛んできたら、普通に生きてられない。
 パンチの威力というより、むしろ死をのぞき見た恐怖?

 そのあと、お茶を淹れて、カズキが買ってきたカットスイカと、台所にあったクッキーで、ひと休み。

「まあ、文芸部としては」とタダスケ。「秋の学祭に向けて、部誌っぽいものを作ってみたいよな。二人とも、小説、書いて発表しような」
「はあ? きーてないよ」
 とカズキ。
「小説の書き方なんてわからないな」
 とユタロウ。 
「正統的な書き方にどういうスタイルがあるのか知らないが、オレのおすすめは、まず最初に、エンディングをイメージすること。断崖絶壁の告白とか、いろいろあるだろ。ハッピーエンドでも、残酷なバットエンドでも。何かこう、余韻に残るいい感じをイメージして、そこにどう落とし込んでいくか、と逆算する」
「なるほど。そうすると、人物とか、ストーリーとかは、あとから決まっていくわけだな」
 と妙に前向きなユタロウだった。
「そういえば、美琴ちゃんのことなんだけど〜」
 と、文芸テーマが退屈だったミイサ姉が話をふってきた。
「はあ?」
「そういえば、美琴ちゃんのことなんだけど、……てきな文芸とか?」
「なにそれ。小説と関係ないでしょ!」
「でも、カズキ君には関係あるでしょ?」
「ありますけど、ミイサさんには関係ないと思います」
「そんなことないわよ。私、早く会いたいっす。カズキ君だけなんてずるいっす」
「で、最近どうなってるの、あの人とのこと?」
 と部長氏まで質問してきた。
「べつに、会うのは土曜の午後くらいだし、いちおう、メールのやりとりは少し始めたかな、っていうくらいで」
「おけ。メールチェックよろ」
「了解、おとなしく出せ」
 姉の指示で、従順な犬のようにカズキに手を差し出すタダスケ。
「なに、手をさしだしているんですか」
「スマホ、見せようか」
「見せないであります」
「ほら、『スマホ出す』ってプロデューサーからテロップでてるよ」
「なんのプロデューサーですか!」
「えー、カズキ君、見せられないの? もうそんなにラブラブなの? やだ、エッチ」
「やだエッチじゃない! まだ何も進んでないから恥ずかしくて見せられないわけで」
「進んでないことを恥ずかしがることないじゃない。ねー」
 ミイサ姉に振られて、ユタロウも答えた。
「ねー」
「ユタロウ、君はこういうこと、真面目に考える人じゃなかったのか」
「真面目に考えたとしても、少しくらいは見せてもいいんじゃね?」

 この三人には、常識は通用しないらしい。

「わかりましたよ。では、ミコさんから最近来たいくつかのメールを、特別にお見せします。まあ、ユタロウから特別な経験させてもらったし、少しは譲歩します。まずこれ」


《……》


 ミイサ姉が、目をぱちくりさせた。
「なにこれ? おにいさん、日本語が何も書かれてないよ?」
「だめですか? じゃあ、次はこれ」


《だめでした》


「何がダメなのかわからないと意味不明だぞ」
 と部長氏。
「そうかな。つづきはこれ。はい」


《まただめでした》


 ユタロウが苦笑して「なんの遊びだよこれ」と言った。
「遊びじゃないのです。これには、ふか〜い意味がある。しかし、そのふか〜い意味は、ここでは説明できないのです」
 それを聞いたミイサ姉が、心配そうに言った。
「カズキ君、またなにか妄想してるでしょ?」
「妄想じゃありません! ていうか、まあ、妄想だけど、でも、これは必要なことなんです!」
「妄想が?」
「ある意味、そう」
「連想ゲームか何か? わかった。ミコちゃんが何か思い出せないことがあって、君があててあげようとしているんじゃない? で、その反応が、今のね? なんなら、宇宙人からとか、未来からとか、過去からとかも、ね?」

 神さま、このヤバ過ぎ魔女を野放しにしておくのは、人間社会にとって危険すぎます……

「ねえ、ユタロウ」
 とカズキは冷たく声をかけた。
「ん?」
「この人に、さっきのパンチ、寸止めでないやつ、やってもらっていいかな」
 
 カズキはミイサ姉を指さした。
 ユタロウは、肩をすくめた。
 ミイサ姉は、しかたなさそうにうなずいた。
「なんか、あたっちゃったっぽい? さすがに悪いから、今日はこのへんで許してあげようかな。ま、がんばってね。『カズキと美琴の恋の行方』応援してるぞ。ふれーふれ−」
「姉ちゃん、ちゃかしてるように見えるけど」とタダスケがフォローした。「あれで、けっこう、本気なんだぜ」
「何が本気なんですか」
「応援。そこはな」
「ありがとう、と言いたいけど、言えないよね。さすがに」
「わるいな。ま、また夏休みになったら、みんなで麻雀しよう。今日は役満と優勝、おめでとう」

 大人のフォローに回った部長氏が、このとき心の中で、他校の美琴まで文芸部に引きずり込もうと考え始めていたことは、さすがのカズキも気がつかないことだった……
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