第36話

文字数 1,820文字


 MIISA。
 タダスケの小太りな体型を知っていれば、巨乳の姉がいるということは想像できないことではなかったが、従順で家庭的な魅力をふりまいて、癒やしの笑顔をとどける歳上系グラビアアイドルが、じつは年下の男子高校生をいじりたおす悪女だったとは、さすがに世の中の誰も想像しえないことだったにちがいない。
 
「ミイサさんこそ、どうなんですか、最近」とカズキが切り返す。「お仕事とか、恋愛関係とか」
「そうねぇ、それが、いろいろあるのよ」
「いろいろとは?」
「ん〜、まあ、業務上の秘密はここでは語れないかな」
「さんざん人の秘密をネタに遊んでおいて、よく言いますね」
「え、まだ遊んでないよ、これからだよ」
「はあ?」
「でもまあ、しかたがないから、ひとつくらい、業界の秘密を教えちゃおうかな」
「どうせ、ろくでもないことでしょ」
「そうでもないよ、カズキ君に感謝してるし」
「はあ? なんで僕に?」

 麻雀の半チャン二回戦目、初回は流局で積み直し……

「私、君にラブレター書いたじゃん」
「いたずらですけどね」
「あれね、精神的にはある意味本当なの」
「はあ?」
「こないだ、グアムロケのときにね、スタッフからめっちゃほめられた笑顔があって、その写真撮られるときね、心の中で『カズキ君ごめんね、でも、好きだよ』ってモノローグしてみたの。そしたら大成功。クソやばい、これ、めっちゃ使えるじゃん、ってなった」
「それ、写真の横に書いといてくださいよ」
「すごくよく撮れたから、社長が漫画誌の掲載プッシュしてくれるって。ありがたいよね、カズキ君って。拝んじゃうよ、ホント」
「なんなんですか」
「だから、カズキ君も幸せにおなり」
「言われなくても」
「幸せ?」
「そんなの、ひと言じゃ言えません」
「じゃあ、ひと言じゃなくていいから、全部言ってみ」

 クールなユタロウが、無言で自牌を開く。
 トイトイ・ドラ2でマンガンつも。
 出費が続くカズキであった。

「確かに」とカズキはふてくされて言った。「部長の夢から始まって、手紙が届いた件は、何らかの行動の後押しにはなりましたよ。まあ、それは否定しません。でもね、それは妄想だって、自分でわかってたし、現実に他校の女子がわざわざ調べて手紙をくれるなんて、ありえないし」
「でも、その可能性、考えたのよね?」
「あくまで可能性です。それに、というか、そもそも、僕があの人と話をできたのは、音楽という共通した話題があったからで、そこはもうミイサさんは完全に関係のない話なので」
「音楽?」
「彼女はピアノ弾きなんですよ。土曜の遅い時間に会えるのも、向こうも、僕も、二人ともそれぞれ学校で楽器を練習して帰るからで」
「いい感じじゃん。バンドとか組まないの?」
「お互いクラシックですよ。それに……」
「なに?」
「いや、なんでもないです」
「なによぉ。私の片思いを無視して、二人だけで幸せになるなんてずるい〜」
「なにがどう片思いなのか、論理的に説明できるならしてもらっていいですか」
「それはおいといて、ねえねえ、ミコちゃんとの出会いって、やっぱ、神さまと関係あるの?」
「……」

 カズキは、部長をにらみつけた。
 それだけは、誰にも言わないレベルの話だったはずなのに。

「まさか、言っちゃったんですか?」
「いや、オレが知る範囲で、ということにすぎないぞ」
「いいですか。彼女は……ミコさんは、なかなか、大変な人なんですよ。美人ゆえのトラブルもあったらしくて。だから、深刻な男嫌いだった、って。他校の男子と仲良くなるなんて、よほどめずらしいことだったんだと思います。その繊細で、深刻なことに、関わり始めたこと、真面目に責任、感じているんですから」
「それは、わかるな」と、急にしんみりとミイサ姉がつぶやいた。「カズキ君って、なんか、人の良さがにじみ出てて、安心するんだよね。私の美人ゆえの苦しみも、優しく支えてほしいな……」
「そんな、急にしおらしく言ってみても、僕はだまされませんよ!」
「てへ」
「バカなこと言ってないで。さてさて、今度は僕、ツモ。あがらせていただきます!」

 カズキが自牌を開く。スーアンコウ、役満。

「自分、初めて。これ」
「ぎゃぼー。カズキ君、なんてことしてくれるの、私、信じてたのに、ウルウル」
「まじかー、ヤクマンってなんだよ、いきなり」
「カズキ、やるね、グッジョブ」

 さすが、スポーツマンの言うことだけはすがすがしい。
 とにかくアベレージは振り出しに戻った、勝負はこれからだ。
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