第2話

文字数 420文字

 美琴(ミコト)にとってもっとも古い幼少の記憶。
 それは、彼女の兄が、先に行こうとしたときのことだった。

 特に迷うこともない、よく知った自宅近くの道。
 父は先に行ってしまった。
 バスに乗ろうとしていたのだ。
 時間がギリギリだった。
 バスはここが始発で、ときどき時間前に動き出してしまうことがある。
 父は先に乗って止めておくから、と行ってしまった。
 兄が追いかけようとした。
 幼い美琴(ミコト)は一瞬で涙があふれてきた。
 美琴は足が遅い。
 二本足で立てたのだって、さほど前の話ではない。

 兄が行ってしまう。
 美琴は心の中で叫んだ。
「まって、おにいちゃん」

 言葉は声にならず、ただ「わー」と泣いただけ。
 すると兄は少し驚いたような、むしろ少し意外そうな顔をして、しかし、すぐに「わかったよ」と足を止めて、美琴の横に戻ってくると、いつもどおり手をつないでくれた。

 兄に手をにぎられたときの安心感。
 そのちょっと特別な感覚を、美琴は忘れたことがない
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