第48話

文字数 2,339文字


《カズキさんに、こんばんわ》

《ごめん、風呂入ってた》

《もう大丈夫ですか》

《大丈夫。ちゃんとギターの練習もしたし、勉強も少ししたし》

《今日は、ひさびさにお目にかかれて、嬉しかったです》

《会話は全部ミコさんのものだったけどね》

《でも、やっぱりカズキさんは、カズキさんで、ホッとしました》

《いろいろ大変そうなコノハに、ホッとしたと言われると、すごくよかったな、と思ってしまうよ》

《そういえば、私がここに来た経緯、まだ詳しく伝えていませんでしたね。今、いいですか?》

《もちろん、どうぞ》

《すごくつらい話ですが、カズキさんには、知ってもらう必要があると思います。私はここに来て、とても幸せですが、ここに来るには、犠牲があったということ》

《ご家族の犠牲だったね……》

《村に伝わるうさぎ石は、うまく説明できませんが、すごい石です。それは確かです。でも、全てを簡単にかなえてくれるわけではありません。その謎を解き明かすのが、私たち陰陽師村に課せられた長年の課題です。じつは……》

《どうぞ、続けて》

《謎を解くために、普通はやらないことをしてみる。それは、そういうものですよね?》

《だね、普通だと思う》

《あるとき、命を犠牲にしてみたことがあったらしいのです。うさぎ石を祭り上げ、人が月の伝説のように火に入って。伝説には何か隠された意味があるかもしれないので。その人は、ただ焼け死んだだけだったそうです、その時は》

《その時は、って?》

《長くあきらめられていたのですが、何十年も経ってから、不思議なことがわかりました。その亡くなった人が、別の時代に生きていた証が見つかったのです。明らかに当人は理解して、メッセージを残しているのでした》


《生きていたってこと?》

《そこがややこしいのですが、その人が生きていたのは、火に入って何十年も過ぎてからの時代でした。身体が焼かれて朽ちたことはまちがいなかったので、その人の心が、未来に飛んだ、ということになります》

《それって、コノハが、ミコさんに来たように?》

《そうです。おそらく誰かの身体に宿り、その記録をメッセージとして後世の村人に残してくれた。こうして、長い時間をかけて実験をくり返し、うさぎ石の可能性があきらかになったのです》

《むちゃくちゃ壮大な話だね》

《ですが、私の場合は、実験ではありません。飢餓に消える村が、大切な秘術を途絶えさせないため。でも、一つ問題がありました。過去の実験では、火に入った人、本人の意思が飛んでいました》

《コノハは、現地で苦しみながらも生きているんだよね……》

《そうです。はじめに、父が犠牲になりました。娘を思うことで飛ばせるはず、と信じて。これも過去の実験から得た知識だったのですが、残念ながら、うまくいきませんでした。そこで、次に兄が》

《二人も……》

《火に入るって、簡単なことではないですよね》

《あたりまえだよ、自分なら絶対にいやだよ。ミコさんやコノハのためだとわかっていたとしても、たぶん断る》

《理由は、あるんです。飢餓で、元から先がないとわかっている身体でしたから。少し早い火葬、という感じ。でも、それで私が納得できるかというと、やはり無理です》

《しかしコノハには、抗う力がなかったんだね》

《はい》

 抗う力がない、と勝手に想像したことに対して、いいえそうではなく、とカズキは返してもらいたかった。せめて、そこは否定して欲しかったのだが。

《私の大切なお守りと、髪の全てをもって、兄は火に入りました。そして、私は見ました。明るい火の中で、微笑んでいる顔を。まるで、またどこかで会えることが、わかっていたかのように》

《まさか、再開できた?》

《いいえ。でも、まだ希望は捨てていません。この時代のどこにうさぎ石があるとわかれば、兄に関しても何かがつながってくれるのではないか、と期待しています》

《じゃあ真面目に探さないとな》

《でも、カズキさんはギター優先でお願いします。ミコさんが教えてくれました。楽器は、なにより時間が大切、と。とにかく毎日触れて、弾くこと。正しい弾き方を身体に染みこませること。その時間を省略したら、何をやってもうまくはならない、と》

《確かに》

《過去のつらい話ばかりでは、もうしわけありませんね。今夜は、カズキさんに、おりいってお願いがあります。少しだいたんなお願いですが、お伝えしてよろしいですか?》

《もちろん、いいよ。ただ、僕に出来ることならいいけど》

《危険なことではありません。私、カズキさんのことを、好きになってもいいですか?》

《コノハが?》

《はい》

 コノハが、僕を……?
 時を超えた重みを感じ、覚悟を決める。

《いいよ。ありがとう。自分に何ができるかまったくわからないけど、心からコノハの幸せを願う》

《カズキさん》

《なに?》

《カズキさんが好きなのは、ミコさんですよね?》

《そうと言えば、そうだけど、よくわからないし、コノハはコノハで、誰かを好きになることを僕が否定なんかできない》

《つまり、私が奪ってしまえばいいわけですね》

《どうだろう、よくわからないけど(^_^;)》

《冗談です。それに、申し訳ございません。私の、勝手で》

《いや、自分が言うのもなんだけど、せっかく来て、遠慮なんてよくない。コノハは、コノハとして、全力でコノハであるべきだと思う》

《ありがとうございます。カズキさんは、ギター、がんばってください。いえ、がんばりましよう。私も応援しています》

《わかった、コノハのためにも全力で》

 そうか、とカズキは気がつく。
 キスができなくても、その先をする身体がなにもなくても、僕たちには”音楽”がある。
 身体のないコノハだって、音楽を通せば、なんでも理解し合える。
 オーケー、ミュージック、カモン!
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