その③

文字数 3,414文字

 今田の神通力、それは非常に恐ろしい力。
 この神通力が発揮されると、数秒が繰り返される。同じ時間が連続して、本来の時の流れに割り込むのだ。そしてその中で自由に動けるのは、今田だけ。他の者はその時の今田の動きを認識することができず、そしてただ繰り返されると行動がリセットされるのだ。

 非常に難解な神通力である。時の流れを文字に置き換え、一、二、三、四、五とする。するとこの神通力の中では、二から四が繰り返されるのだ。そのために一、二、三、四、二、三、四、二、三、四、五となる。その時、今田以外の人間は繰り返されるたびに初期位置に戻される。そして今田の動きは見ることができない。時の流れに干渉できないからだ。
 ビデオで例えるなら、任意のタイミングに同じ秒数を繰り返して巻き戻すようなもの。車から降りるシーンでも、食事をするシーンでも、巻き戻せば映像は戻る。役者は車の中に戻り、食事は皿の上に戻る。そしてその映像の中で、今田だけは戻ることなく自由に動く。他の役者は、彼の動きを知ることはできない。

 これが今田の神通力である。だから綹羅には、今田は動いていないように見え、そして何度も倒れているはずなのに気がつくと立っている状態に戻されているのだ。さらに今田がどう動いても、それを認識できない。だから何もないところから攻撃を受けるのである。


「うがあ!」

 今田の神通力は十数秒しか持続しない。だから今の一撃の後にまた時間が繰り返されることはなく、綹羅の体はぶっ飛ばされた。

「アイツの神通力は…どうなっているんだ?」

 この時点で違和感には気づけている。しかしそれが神通力の正体にまで結びつかないのだ。

「だが! 俺にできることは一つだけ…!」

 自分の神通力を使うまで。そう言わんばかりに綹羅は自分の周りに植物を生やす。

「それで防ぐつもりか? 私をガッカリさせるな、綹羅…」

 だが今田は少しも怯まない。

(く、来るか!)

 また神通力を使い、防御不可能の攻撃を仕掛けてくる。

「覚悟しろ……!」

 そう叫ぶと、また今田の動きは止まる。恐怖の神通力が始まったのだ。そして綹羅の背中を蹴り飛ばす。

「うぶ!」

 蹴られた綹羅の体は前に突き飛ばされ、瓦礫の山にぶつかりそうになった。しかし、ここで時間が巻き戻る。さっきの位置に立っているのだ。

(また、だ! これが今田の神通力なのか…? 俺の位置をリセットできる? でも今田は動いていないようにも見えるが…?)

 今田はもう一撃を加えようとした。しかし、

(何! コイツ、自分の体から植物を生やした?)

 綹羅がとった策。それはこの状況を完全に打開するわけではないが、今田に攻撃を躊躇わせた。
 何と、自分の体から全方位に向けていばらのつるを生やしたのである。これでは触れた今田も傷ついてしまう。

(なるほど、これは才能がある…。私の神通力の欠点……巻き戻した後の行動は変えることができる。それを意図せず見抜いたか…)

 この数秒は、今田は仕掛けない。だから別の方向に駆けて様子を見るつもりだ。

「……もう巻き戻せない。時計の針は正常に戻る」

 綹羅には、一瞬で今田が移動したように見えた。

「またいないぞ? だが、攻撃を受けなかった。ふ、ふう…」

 ため息を吐いている余裕はない。今田は連続して神通力を発揮できない。今が攻撃する最大のチャンスなのだ。それを綹羅は本能的に悟り、一気に近づいて攻撃する。

「ほう……逃げずに向かって来るとは勇敢だな」
「逃げたら勝てない! 俺はそれを知っているだけだ」

 お互いに拳を振る。先に相手の体を突いたのは綹羅。神通力に絶対の自信がある今田は、まだバリバリの十代で動きにキレのある綹羅にやや遅れを取ってしまうのだ。けれどもすかさず蹴りを入れて一矢報いる。

「互角か…!」

 それは、ある意味では絶望だ。このまま戦っても勝負が見えないために。

 しかし。希望でもある。双方の力が拮抗しているなら、どちらかが一方的に負けることはない。

「違うな! 私の神通力は最強だ。誰も私の前に立ち塞ぐことはできん!」

 ここで神通力を使う。

「終わりだ、りゅう……」

 その、今田の神通力が始まるまさにその瞬間。綹羅は自分の体を囲うように樹木を生やした。

「こ、コイツ…!」

 ここから今田の神通力は始まるが、既に生えてしまった木には無力である。ここから時間を巻き戻すことは不可能。綹羅は天才的な直感で、神通力の始まるタイミングを予測し、見事に防御してみせた。

「まさかこんなガキに……。いや、待てよ?」

 実は何も驚くことではないのだ。
『歌の守護者』も『惑星機巧軍』も、綹羅たちに敗北している。それはつまり綹羅の実力は相当高いことを意味する。そうなれば今田が感じる焦りにも説明がつく。

「綹羅だからこそ、か……。ここまでできるのはお前しかいないというわけだ」

 そしてその実力を裏付けるかのように、今田の神通力が切れた途端に綹羅の側の樹木は今田目掛けて倒れてくるのだ。それを何とか避ける。が、直後に綹羅の拳が今田の顔面に迫る。

「速い…!」

 間一髪で後ろに下がってかわした。と思ったら、拳から植物のつるが伸び、今田の体を捉えた。

「確かこれを千切れば、お前にダメージがあるはずだな?」

 今田はそれを引き千切ろうとする。だが手に力が入らない。

「ば、馬鹿な……?」
「おい! 左の肩をよく見てみろよ!」

 今田の左肩には、何と大きな花が咲いている。これの綹羅の神通力だが、

「そうかお前…! 私のエネルギーを吸い上げて花を咲かせたな?」

 体に葉を生やし光合成をしてエネルギーを得られるなら、その逆…花を咲かせてエネルギーを消費させることもできるのではないだろうか。綹羅はそれを思いつき、実行してみせたのだ。

「そうだぜ! 可能性は俺を裏切らない! やってみることの方が、神通力よりも重要だ!」

 さらに背中にもう二輪の花を咲かせた。開花には結構なエネルギーを使う。今田は足に力が入らず、跪いた。今ここで今田が神通力を使っても、この状況を変えることはできないだろう。綹羅の方は葉を生やして太陽光をエネルギーに変換する。

「終わらせる、何もかもを! お前は神通力のことを、人を傷つけるための力、と言ったな? だが俺はそうは思わない! 俺がどうして神通力者になれたかは知らないが、目覚めた理由があると言うなら、お前の考えを否定するためだ! 俺の神通力は、そのためにあるんだ!」

 その言葉は、強く響いた。

「ほう? 神通力が、そんなことのために? それは違う」
「違わないぜ!」
「いいや。違うと言ったのはな、お前が今、勝っていると思っていること……。私の力を吸い上げたつもりのようだが、それとこれは無関係だ」

 そう言うと、何とつるに巻き付かれた今田の腕が外れた。

「何?」

 実は、これは義手だ。

「私はかつて『惑星機巧軍』と行動したことがある。その時、爆弾で吹っ飛んだことがあってな。腕はその時無くした。だが都合のいいことに、アースの神通力があった。アイツは武器に分類されるのなら、何でも作り出せる! この腕のようにな!」

 そして、腕の中に仕込まれていた銃器が顔を覗かせる。

「死ぬがいい」

 今田は躊躇うことなく弾丸を撃ち込んだ。

「………!」

 しかし、綹羅は無事だ。

「何だと…?」

 今田も綹羅も、今の攻撃は避けようがないと思っていた。だが一発も、綹羅の体をかすめてすらいない。

「危ないところだった! もう見てられないよ、綹羅!」

 環だ。起こした風で弾丸の軌道を曲げたのだ。彼女は綹羅の命を守るために神通力を使ったのである。

「しまった!」

 この時の今田には、もう一方の腕の袖に隠されたナイフが残されてはいた。しかし、それを取るための腕がない。
 握りしめた拳で力一杯振りかぶる。そして、

「終わりだ、今田!」

 綹羅の渾身の一撃が、今田の体に加えられる。

「…………ば、馬鹿な? この私が、こんな小僧に屈するだと…?」

 一瞬今田の体はフワッと浮いた。そしてすぐに地面に落ちた。
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