その②
文字数 3,084文字
「なら…!」
自分は逃げに徹し、風でプレリュード本体を攻撃する。なんという頭の切り替えの速さだろう。風で干渉できないということは、彼女の生み出す旋風や突風から、プレリュードは光で身を守れないということでもあるのだ。一瞬で彼女はそれに気づいたのである。
「そう来るか!」
干渉できないことには、プレリュード自身も覚悟していること。環の生み出した旋風が、砂煙を巻き上げながら彼に迫る。
だがここで、信じられないことが起きる。
「きゃあ!」
悲鳴を上げたのは環だった。だが彼女が何かされたのではない。逆だ。プレリュードが自ら、旋風に突っ込んだのだ。腕は服の上から切り裂かれた。
「……手加減しているな、環? 服は破けたが、皮膚が少し切れただけで大した出血はしていない」
これが環にとって一番の恐怖。相手は大きなダメージを負っていない。それは手加減したわけではない。今の旋風ではそれが精一杯であるということ。ノクターンを怯ませたはずの風が、彼には通じないのだ。
「えいっ!」
今度は思いっきり、突風を起こした。けれどもそれも、プレリュードの体を少し後ろにずらしただけに終わる。
「鍛錬していなければ、その程度というわけか……。では、今度はこっちから行かせてもらう!」
彼は全ての指の先を光らせた。そこからレーザーのように光が伸び、それが環の体を襲う。
「うああっ!」
強い光に変わりはないが、環の体を負傷させる威力はなかった。手加減したのだ。確保すべき対象が、傷だらけだったら流石の色部も黙ってはいない。プレリュードは、勝利よりも任務の遂行に従事する態度である。
そのためか、
「おいララバイ! もういいだろう、動け!」
指示を出した。
「ううぇーい!」
ララバイは卑怯なことに、寝てしまっている綹羅の体の側まで来ると、あることを宣言する。
「おい環! それ以上抵抗すると、コイツがどうなっても知らないぜ?」
手刀を綹羅の首元に近づけ、脅したのだ。
「そ、そんな…! 彼には何もしないで!」
「どうかな? するかしないかは、お前の行動次第だ! どうする?」
この脅しは、本当は空振りだ。ララバイの神通力で眠りに落ちた生物は、その身に危険が迫ると睡眠時間に関係なく目を覚ましてしまう仕様。本当に命を取るつもりでララバイが接しているなら、目が覚めるはず。
「………」
だからプレリュードは、ララバイには綹羅を殺める気はないことがわかった。そしてそれを確かめてから、
「大人しく降参した方がいい。ララバイもいたずらに人の命を奪いたくはないのだ。しかもそれが、お前の行動の結果とあっては、彼も浮かばれないだろう…。どうするも何も、ない」
そして環の背中を押すためにも、光弾を生み出してそれを綹羅に向ける。もちろん撃つ気はない。この脅しを成立させるための行為だ。
少し、沈黙がその場を支配した。
「……わかったよ…」
それを破ったのは、環だった。ここで一生懸命抗ってもプレリュードには敵わないし、綹羅を人質に取られたら何もできない。
「わかればいい」
プレリュードはその意思を確認すると、綹羅に向けていた光弾を消した。
「ララバイ……。その男はここに置いていけ。今からレクイエムとエレジーをここに呼ぶ。それから本部に移動するぞ」
「わかったぜ」
ララバイは立ち上がって、環の後ろに回り込んだ。対する環はしゃがんで動かない。顔を手で覆っている。
「おい、待て…!」
しかし、プレリュードの反応が遅かった。ここで環は最後の悪あがきに出たのだ。
「竜巻か…。コイツ!」
油断していたララバイは、すぐに吹き飛ばされた。近くの檻の前にあるフェンスに体を叩きつけられ、意識が飛んだ。
「そういうことをするか、環…!」
その竜巻は、器用なことに地上数十センチより上に生じている。だから地面に倒れている綹羅の体は巻き込まない。しゃがんでいる環にも影響はない。ただ、立っている人間は別だ。
「よ、よし!」
環は顔を隠していた手をどけると、ララバイが吹っ飛んだことを確認した。
「このままアイツも……!」
吹き飛ばす。そしてここを脱出するのだ。
けれどもこれが簡単にはいかないのである。
プレリュードは目の前の地面に、拳を突っ込んだ。これで自身の体を固定すると、これ以上吹き飛ばないようにした。
「そういうことをするのなら、容赦はしない……」
そして瞬く間もなく、バスケットボールぐらいの光弾を生み出して環に撃ち込んだ。
「あ、あ……!」
この光の弾は、物理的な破壊力は人を突き飛ばす程度しかない。火傷もさせない、衝撃を与えるだけの光弾。それが環の額にぶつかったのだ。頭を強く打たれた衝撃を味わった環は気絶し、背中から倒れた。そしてその時、竜巻も治まった。
「ふん! この女、無意味に頑張るとはな。その粘り強さは意外だったぞ? だが、俺の前では無意味だ」
「あれ……? ここはどこだ?」
綹羅は目を覚ますと、自分が屋内にいることを理解した。
「気がついたかい? 君は多分熱中症だ。動物園で倒れていたんだよ。危ないところだった、熱中症を舐めてはいかんよ?」
どうやら、医務室にいるらしい。しかしそこに至る経緯がまるで記憶にない。
「あ、あの、環さん……もう一人、俺と同じぐらいの女の子はいませんでしたか?」
「女の子? 君、一人じゃないのかね?」
その言葉に違和感を抱いた綹羅は、慌てて医務室を飛び出す。そして外に出たのだが、既に日は落ちていた。携帯で時間を確認すると、午後九時を回ったところ。
「寝てたのか? 十二時間近くも?」
あり得ないことだ。だが、時計はそれを物語っている。そして、
「環さんはどこにいるんだ?」
電話をしても、不通で終わる。メールを送っても返事は来ない。
この不自然さには、綹羅も嫌な汗を流さずにはいられない。すぐにその足で園内の事務室に駆け込んで、環の捜索を依頼した。しかし、閉園時間になっても環は姿を現さなかった。
絶望と混乱。頭の中は、ぐちゃぐちゃである。そんな状態で綹羅は家に帰されたのだ。
「環さん………」
途中ではぐれたはずがない。でも、動物園で綹羅の記憶は途絶えているのだ。その時、彼は環の隣に確かにいた。
「あの時、俺らの前にいた男は確か……」
プレリュード。そして彼が『歌の守護者』のリーダーであることも思い出せる。
(確か俺は、環さんに協力しようとしたはずだ。でもそこからの記憶がない……。これはどうしてなんだ?)
同時に、ある発想が彼の頭の中で生まれる。
「もしや! 環さんはあの、プレリュードとかいうヤツに誘拐されたのでは…?」
最後に見た人物がプレリュードであること、そしてその後から環の姿がなく連絡も取れないことを考えれば、導き出される結論はその一つ。
「ど。どうすれば…?」
綹羅は一生懸命考えた。考えれば考えるほど、恐怖した。恐ろしさで指が震えたが、必死になってある番号に電話をかける。
「もしもし? 綹羅か?」
相手は泰三だ。綹羅は環の言っていたことを思い出したのだ。泰三も神通力者であると彼女は言った。ならば、彼が何かしらの策を教えてくれるかもしれない。他人本位な考え方だが、今の綹羅にできることはそれ一つしかない。
自分は逃げに徹し、風でプレリュード本体を攻撃する。なんという頭の切り替えの速さだろう。風で干渉できないということは、彼女の生み出す旋風や突風から、プレリュードは光で身を守れないということでもあるのだ。一瞬で彼女はそれに気づいたのである。
「そう来るか!」
干渉できないことには、プレリュード自身も覚悟していること。環の生み出した旋風が、砂煙を巻き上げながら彼に迫る。
だがここで、信じられないことが起きる。
「きゃあ!」
悲鳴を上げたのは環だった。だが彼女が何かされたのではない。逆だ。プレリュードが自ら、旋風に突っ込んだのだ。腕は服の上から切り裂かれた。
「……手加減しているな、環? 服は破けたが、皮膚が少し切れただけで大した出血はしていない」
これが環にとって一番の恐怖。相手は大きなダメージを負っていない。それは手加減したわけではない。今の旋風ではそれが精一杯であるということ。ノクターンを怯ませたはずの風が、彼には通じないのだ。
「えいっ!」
今度は思いっきり、突風を起こした。けれどもそれも、プレリュードの体を少し後ろにずらしただけに終わる。
「鍛錬していなければ、その程度というわけか……。では、今度はこっちから行かせてもらう!」
彼は全ての指の先を光らせた。そこからレーザーのように光が伸び、それが環の体を襲う。
「うああっ!」
強い光に変わりはないが、環の体を負傷させる威力はなかった。手加減したのだ。確保すべき対象が、傷だらけだったら流石の色部も黙ってはいない。プレリュードは、勝利よりも任務の遂行に従事する態度である。
そのためか、
「おいララバイ! もういいだろう、動け!」
指示を出した。
「ううぇーい!」
ララバイは卑怯なことに、寝てしまっている綹羅の体の側まで来ると、あることを宣言する。
「おい環! それ以上抵抗すると、コイツがどうなっても知らないぜ?」
手刀を綹羅の首元に近づけ、脅したのだ。
「そ、そんな…! 彼には何もしないで!」
「どうかな? するかしないかは、お前の行動次第だ! どうする?」
この脅しは、本当は空振りだ。ララバイの神通力で眠りに落ちた生物は、その身に危険が迫ると睡眠時間に関係なく目を覚ましてしまう仕様。本当に命を取るつもりでララバイが接しているなら、目が覚めるはず。
「………」
だからプレリュードは、ララバイには綹羅を殺める気はないことがわかった。そしてそれを確かめてから、
「大人しく降参した方がいい。ララバイもいたずらに人の命を奪いたくはないのだ。しかもそれが、お前の行動の結果とあっては、彼も浮かばれないだろう…。どうするも何も、ない」
そして環の背中を押すためにも、光弾を生み出してそれを綹羅に向ける。もちろん撃つ気はない。この脅しを成立させるための行為だ。
少し、沈黙がその場を支配した。
「……わかったよ…」
それを破ったのは、環だった。ここで一生懸命抗ってもプレリュードには敵わないし、綹羅を人質に取られたら何もできない。
「わかればいい」
プレリュードはその意思を確認すると、綹羅に向けていた光弾を消した。
「ララバイ……。その男はここに置いていけ。今からレクイエムとエレジーをここに呼ぶ。それから本部に移動するぞ」
「わかったぜ」
ララバイは立ち上がって、環の後ろに回り込んだ。対する環はしゃがんで動かない。顔を手で覆っている。
「おい、待て…!」
しかし、プレリュードの反応が遅かった。ここで環は最後の悪あがきに出たのだ。
「竜巻か…。コイツ!」
油断していたララバイは、すぐに吹き飛ばされた。近くの檻の前にあるフェンスに体を叩きつけられ、意識が飛んだ。
「そういうことをするか、環…!」
その竜巻は、器用なことに地上数十センチより上に生じている。だから地面に倒れている綹羅の体は巻き込まない。しゃがんでいる環にも影響はない。ただ、立っている人間は別だ。
「よ、よし!」
環は顔を隠していた手をどけると、ララバイが吹っ飛んだことを確認した。
「このままアイツも……!」
吹き飛ばす。そしてここを脱出するのだ。
けれどもこれが簡単にはいかないのである。
プレリュードは目の前の地面に、拳を突っ込んだ。これで自身の体を固定すると、これ以上吹き飛ばないようにした。
「そういうことをするのなら、容赦はしない……」
そして瞬く間もなく、バスケットボールぐらいの光弾を生み出して環に撃ち込んだ。
「あ、あ……!」
この光の弾は、物理的な破壊力は人を突き飛ばす程度しかない。火傷もさせない、衝撃を与えるだけの光弾。それが環の額にぶつかったのだ。頭を強く打たれた衝撃を味わった環は気絶し、背中から倒れた。そしてその時、竜巻も治まった。
「ふん! この女、無意味に頑張るとはな。その粘り強さは意外だったぞ? だが、俺の前では無意味だ」
「あれ……? ここはどこだ?」
綹羅は目を覚ますと、自分が屋内にいることを理解した。
「気がついたかい? 君は多分熱中症だ。動物園で倒れていたんだよ。危ないところだった、熱中症を舐めてはいかんよ?」
どうやら、医務室にいるらしい。しかしそこに至る経緯がまるで記憶にない。
「あ、あの、環さん……もう一人、俺と同じぐらいの女の子はいませんでしたか?」
「女の子? 君、一人じゃないのかね?」
その言葉に違和感を抱いた綹羅は、慌てて医務室を飛び出す。そして外に出たのだが、既に日は落ちていた。携帯で時間を確認すると、午後九時を回ったところ。
「寝てたのか? 十二時間近くも?」
あり得ないことだ。だが、時計はそれを物語っている。そして、
「環さんはどこにいるんだ?」
電話をしても、不通で終わる。メールを送っても返事は来ない。
この不自然さには、綹羅も嫌な汗を流さずにはいられない。すぐにその足で園内の事務室に駆け込んで、環の捜索を依頼した。しかし、閉園時間になっても環は姿を現さなかった。
絶望と混乱。頭の中は、ぐちゃぐちゃである。そんな状態で綹羅は家に帰されたのだ。
「環さん………」
途中ではぐれたはずがない。でも、動物園で綹羅の記憶は途絶えているのだ。その時、彼は環の隣に確かにいた。
「あの時、俺らの前にいた男は確か……」
プレリュード。そして彼が『歌の守護者』のリーダーであることも思い出せる。
(確か俺は、環さんに協力しようとしたはずだ。でもそこからの記憶がない……。これはどうしてなんだ?)
同時に、ある発想が彼の頭の中で生まれる。
「もしや! 環さんはあの、プレリュードとかいうヤツに誘拐されたのでは…?」
最後に見た人物がプレリュードであること、そしてその後から環の姿がなく連絡も取れないことを考えれば、導き出される結論はその一つ。
「ど。どうすれば…?」
綹羅は一生懸命考えた。考えれば考えるほど、恐怖した。恐ろしさで指が震えたが、必死になってある番号に電話をかける。
「もしもし? 綹羅か?」
相手は泰三だ。綹羅は環の言っていたことを思い出したのだ。泰三も神通力者であると彼女は言った。ならば、彼が何かしらの策を教えてくれるかもしれない。他人本位な考え方だが、今の綹羅にできることはそれ一つしかない。