その②

文字数 3,232文字

「何だ今の風は…!」

 綹羅は理解できないなりに、頑張って事態を把握しようとする。

(まさか環さんは、謎の力を持っているのか…? それが原因で、あの絵の中に入り込める女に狙われているのか…?)

 中々の洞察力だ。環は絵に対し睨みをきかせる。その間はメヌエットも出てこようとしない。

(今しかないかな…)

 綹羅の腕を掴んで、環は説明した。

「綹羅君、よく聞いて! あの人は神通力者(じんつうりきじゃ)だよ」
「何だそりゃ?」

 普通の人と全く同じ。でも一つだけ明確に異なる力を持っている人間がそれ。その力を神通力と呼ぶのだ。

「超能力みたいなものって感じかな? でも念じて物を動かしたりはできないけど…。とにかくそういう人がいるんだよ、そして私もその一人!」

 再び館内を風が駆け巡る。環には、空気の流れが手に取るようにわかる。だから相手の応援が美術館に来ていないことがわかった。

(アイツさえ倒せば!)

 どうしてメヌエットが襲ってきたかは不明だ。だが環がやるべきことは一つ。彼女を退けて、綹羅と共にこの美術館から抜け出ること。それは揺るがない。

「……なるほど…」

 綹羅はさっきの説明で無理矢理納得した。考えて追いつけないのなら、感じるだけだ。それができるぐらいには彼は物事を難しく考えてはいない。

「聞きたいことはあるけど、今はそれができる状態じゃないよな…。環さん! 俺に手伝えることってあるか?」
「う~ん……」

 ちょっと考え込み、答える。

「絵を見張って! アイツは入り込んだ絵の中からしか出て来れないはず! もしそうじゃないのなら、簡単に私たちの後ろが取れるから! それができないのは、私たちがこの絵を見張っているからだよ。向こうには多分、作戦がないんだと思う。だからこうしていつまでも緊張状態に……」

 だが、その発想はすぐに崩れることになる。

 二人は、メヌエットが入り込んだ絵をよく見た。

「何かの戦争の絵だね……。作戦がないからずうっと様子見ってわけじゃない、品定めをしてるんだ…!」

 そう。その絵にはたくさんの武器が描かれている。メヌエットは、環の生み出す風に勝てそうな武器がどれかを調べているのだ。そしてその武器は、環に致命傷を与えるような威力があっては駄目。だから中々決まらない。

「これも捨てがたいですわね。ああ、でも駄目だわ…」

 その絵は戦国時代の戦いを描いている。メヌエットは火縄銃を手に取ったが、これでは殺せてしまうので却下し、捨てた。

「やっぱり、これにしましょうかしら!」

 そう言って、日本刀を武士から奪った。さらに兜まで借りると、絵から出て来た。

「お待たせしましたわね。さあ、勝負ですわ!」

 キラリと光を映す刀の刃が、環に向けられる。メヌエットは、彼女に降参させることが目的なのでできれば傷つけたくはないと思っているが、できない場合は多少の負傷には目を瞑るつもりだ。色部もそれは仕方がないと言ってくれると思っている。生きたまま捕まえることが重要なのだ。

「来る!」

 環が腕を振ると、その背後の空間の空気が音を立てて動く。風がメヌエットの体を吹き飛ばそうとするが、さっきよりもうまくいかない。

「重い…!」

 兜をかぶっている意味がわかった。あれは防御力を上げるためではない、自分の体を重くすることで、さっきのように飛ばされなくするためなのだ。

「今度はワタクシから行きますわよ?」

 日本刀は風を切り裂き、前に進む。それは環にとっても想定外だが、何も予測できない動きではない。振り下ろされても簡単に避けられる……と言うよりは、避けてくれと言わんばかりに太刀筋が遅い。これは風の影響ではない。

(殺すことが目的ではない…?)

 環はそう理解した。相手は自分の命を奪うつもりはないらしい。
 だが綹羅には、メヌエットが邪悪な人間に見える。だから彼は先ほどメヌエットが捨てた槍を拾うと、その先端をメヌエットに向けて、

「やい、この悪女! 俺が相手だ!」

 と、挑発する。

「そちらの彼には、黙っていてもらおうかしら?」

 容赦なく刀を綹羅に向けるメヌエット。

「く、来るか…!」

 それに綹羅は怯まない。そしてすぐにメヌエットが駆ける。相手は環とは違い、生死は問われない人間。邪魔者は排除する、ただそれだけだ。

「そうはさせない!」

 環が二人の間に割って入った。

「くっ、邪魔ですわよ!」
「でしょうね。だったら私ごと切れば?」
「コイツ…!」

 環は自分の体を盾にしたのだ。相手は自分を殺すつもりがない。それを利用したのである。

「………いいですわ、だったら!」

 メヌエットはゆっくりと刀を振り下ろした。もちろん狙いは頭や胴体ではなく、腕か足だ。そこをちょっと傷つければ、環は痛みで怯む。そういう発想だ。

 だが彼女は忘れていた。環の神通力のことを。
 一瞬、風が後ろから前に流れた。刀は風に負けないが、メヌエットの目は? 急に吹き付ける風はメヌエットの目を襲い、瞼を閉じらせた。

「きゃ!」
「今だ!」

 環は振り下ろされる刀を両手で挟んで止めた。そしてそのままジャンプし、メヌエットの顔に膝をぶつけた。

「ひょえっ……」

 結構痛い一撃だ。見事に決まったらしく、メヌエットの体は力を失って背中から床に倒れた。

「ふにゃああああ~……」

 そして、伸びてしまった。


「ふう、何とかなったね…」

 上手くメヌエットを退けた環。だがまだ危険が去ったとは言えない。綹羅がメヌエットの兜を外すと、耳についている通信機器に気がついた。

「環さん! これを見てくれ!」
「……どうやら、この子の仲間に情報が回ってしまっているようだね…。綹羅君、ここは一旦逃げましょう!」

 美術館には監視カメラもある。だから環は綹羅の腕を掴んで来た道を戻り、美術館から飛び出した。
 そしてその光景を監視カメラで色部は見ている。頭を抱えて大声で怒鳴る

「メヌエットおおおおおおおおお! 大丈夫か? おいボレロ! 誰でもいい、すぐに向かわせろ!」
「り、了解です!」

 すぐに彼は園内を巡回する別の仲間と連絡を取る。そして色部はボレロの横にいた少女、セレナーデにも指示を出す。

「あの、環ってヤツを逃がすな!」
「誰に行かせます? 今、ノクターンが尾行中ですが…」
「ボサノバだ! あの神通力なら多分ボサノバの敵じゃない! 絶対に次で確保しろ!」

 怒鳴っている色部とは対照的に、セレナーデは冷静にボサノバへ指示を出す。

「俺の可愛い部下を……。よくもあの女…!」

 色部の怒りのボルテージはみるみるうちに上昇していく。

「激昂してはいけませんよ、色部様」

 そう言ってコップ一杯の水を差しだしたのは、プレリュードと呼ばれる青年だ。彼は『歌の守護者』リーダーでもある。

「おお、済まないな。プレリュード!」

 コップを受け取ると色部は一気に水を飲みほした。

「色部様が平常を失っては、きっとターゲットの確保はできないでしょう? ここは一つ、ララバイに向かわせるのも手では?」

 ララバイ。彼は触った生物を最大十二時間の眠りにつかせることができる神通力を持っている。その神通力で寝てしまった生物は身の危険を感じた場合目覚めることになるが、命を脅かす目的ではないので、この任務に最適の人物だ。

「それもいいが、早い段階でララバイを出撃させると、撃退された時のデメリットが回避できない。今回は相手は一人だから大丈夫だとは思うが、最後の最後までララバイは取っておく。だがな、いつでも出れる状態にしておくように伝えろ!」
「かしこまりました」

 管制室では、着々と環確保のための作戦が動き出していた。
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